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伝説の小部屋「野球教室」とは…高橋慶彦氏が語る、市民球場の思い出

2021年1月10日

伝説の小部屋「野球教室」とは…高橋慶彦氏が語る、市民球場の思い出

「野球教室」という名の小部屋があったのはネット裏観客席の下

1957年7月から2009年3月まで広島東洋カープの本拠地だった旧・広島市民球場。老朽化とマツダスタジアムの建設に伴い、2012年2月に解体され、現在はライトスタンドの一部を残すのみだが、平和記念公園に程近いロケーションで広島のシンボルの1つだった。その広島市民球場のネット裏に、通称「野球教室」と呼ばれる小部屋があったことを知るファンは、それほど多くないだろう。この一室が、昭和50年代にカープ黄金期を築く上で重要な役割を果たした。当時「1番・遊撃手」として活躍した高橋慶彦氏が振り返る。

広島が球団創設26年目にして悲願の初優勝を果たした1975年、高卒プロ1年目だった高橋氏は専ら2軍暮らしだったが、この「野球教室」で1軍の試合を日常的に目の当たりにしていた。

「野球教室」があったのはネット裏観客席の下。捕手や球審の真後ろよりやや三塁側で、かぶりつきで試合を見ることができた。塹壕のように掘られた“半地下”で、グラウンドレベルから首だけ出して見上げる格好。並びにはテレビやラジオの放送ブースがあった。

高橋氏は「だから、プロ野球実況中継の決まり文句の『バッター打ちました、大きなフライ、外野手の足が止まった』というセリフは、市民球場で最初に使われるようになったと言われている」と笑う。実況アナウンサーの目の高さに選手の下半身があったため、自ずと足の動きに目が行ったというわけだ。

1軍のレベルを日常的に体感できたのは「凄く良かった」という思い出

当時、2軍のウエスタン・リーグはそれぞれの本拠地球場で、1軍戦の試合前にデーゲームで行われることが多かった。広島の2軍選手は、広島市民球場で試合があった日には、そのまま1軍の練習の球拾いなどを手伝い、「野球教室」に集まって1軍のナイターを5回くらいまで観戦。それから寮に帰り夕食を取るのが日課だった。

「すごいなあと驚きながら見ているしかなかったけれど、1軍のレベルを日常的に体感できたのはすごく良かった。スタンドから見るのとは臨場感が違ったしね」と高橋氏。2軍選手の目には、カクテル光線に映える純白のボールがまぶしく見えた。「ヤクルトの松岡弘さんのストレートは物凄く速かった。阪神の田淵幸一さんの打球は高い放物線を描いて、照明塔の高さを超えるといったん消え、再び現れる。そういう1軍の光景を見ることもできた」と振り返る。

「『野球教室』という名前の由来は知らない。俺が入団した時には既にそう呼ばれていた。ただ、球場の設計段階からちゃんとそこにあったと聞いているよ」とも。広島は1950年の球団創設以降、四半世紀にわたって低迷を続け、Aクラスは3位となった1968年の1度だけというありさまだった。それでも、1957年に中国地方初のナイター設備設置球場として開場した広島市民球場に、こうした若手の勉強の場を設け、1975年の初優勝とそれに続く黄金期を担う選手を育てていったのだった。

高橋氏は「比べる対象があって初めて、自分のプレーのレベルがわかる。2軍選手だけでやっていたらわからない。1軍の試合を目の当たりにすることで、自分たちに何が足りないかを実感し、なんとかそのレベルまで上がろうとするから成長も早くなった」と語り、「やはり井の中の蛙では上達しない」と続けた。「野球教室」は“井の中”の2軍選手たちにとって、“大海”へ向かって開かれた窓だった。(宮脇広久)

(※引用元 Full-Count

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