プロ野球の春季キャンプ、その序盤で大きな活字になるのは、球の速い投手だ。
特にルーキーの場合、キャンプでのブルペン入りも早いし、「投げるからには目立たないと!」とビュンビュン飛ばすことが多いので、記事で取り上げられやすい。
一方で、キャンプ当初のブルペン投球ではあまり目立たなくても、実戦形式の練習になって初めて、キラキラッと光る投手が、毎年必ずいるものだ。
私が、キャンプの2月なかば過ぎを楽しみにしているのが、広島ドラフト1位の栗林良吏投手(トヨタ自動車)だ。
178cm83kg……今のプロ野球では、小柄な部類のサイズ。アベレージ145キロ前後の球速で、変化球との緩急でアウトを重ねていくピッチングスタイル。捕手とさし向かいで投げるだけのブルペンでは、あまり目立たないタイプなのは間違いないだろう。
「あんな幼稚なボール投げてちゃ恥ずかしい」
こんなことがあった。
昨年秋のドラフト前。テレビ番組の企画で、栗林のピッチングをトヨタ自動車グラウンドのブルペンで受けさせてもらったのだ。
そんなに“力感”はないのに、140キロ台の速球がミットにめり込むまで、回転がほどけない。
野球というのは面白い。「145キロ」の雰囲気を漂わせてエイヤー!と投げれば、150キロ出ても打たれてしまう。逆に、130キロ台の力感でスイッと投げれば、140キロ前半でも空振りを奪える。
打者を相手にした「投」のなんたるかをすでに察知しているようなほど良い「塩梅」の投げっぷり。
落下速度の速いタテのカーブに、打者の手元でヒョイッと動くカットボール。フォークは、リリースの一瞬に指先で押し込むようにするから、“抜け”がよくて打者はフワッとタイミングを失いそうだ。
30球ほど投げてくれて、構えたミットを逸したのは、右打者の胸元あたりに浮いた2、3球だけ。それほどの高精度なのに、その「2、3球」をものすごく悔やむ。
「プロでやろうって言ってるピッチャーが、あんな幼稚なボール投げてちゃ恥ずかしいですから」
大人のピッチングだった。
監督「ここ一番の“殺気”は怖いぐらいですよ」
向き合っている捕手に、ただ投げているだけじゃない。
こちらがかける言葉にいちいち反応しながら、時には、自分自身で自分に言葉をかけながら、ピッチングのリズムを構築しながら投げ進む。
「よっし……フォーク! 今のよりボール1つ低くいくよ」
つぶやきの中に、1球に懸ける思いがこもる。
場面想定を作りながら、腕を振る真剣さとテンションは、もう実戦のマウンドそのままだった。
捕球を終えて、投げ損じのない次元の高いピッチングに驚きを伝えると、藤原航平監督がこんなことをおっしゃった。
「いやいや、実戦のピッチングになったら、こんなもんじゃない! 栗林は、追い込んだら三振を奪いにいくピッチャー。ここ一番の“殺気”は怖いぐらいですよ。ブルペンのピッチングなんて、今日みたいに調子いい日でも、実戦の7割も再現していないと思いますよ」
栗林のほんとのすごさは、対戦したバッターにしかわからない……そんな言い方で、「実戦力の栗林良吏」を表現してくださった。
「みんな、菅野がすごい、すごいって言ってますけど…」
2012年、広島カープの日南キャンプ。
天福球場ライト後方のブルペンで、一軍投手たちのピッチング練習が始まっていた。
先発の柱・大竹寛、抑えの切り札・ミコライオ、中継ぎとして売り出し中の剛腕・今村猛……そして、彼らをしたがえるように、真ん中のマウンドには、エース・前田健太。
壮観な風景のいちばん奥のマウンドで、ルーキー・野村祐輔が懸命に腕を振る。
昼休みのトイレでばったり顔を合わせた野村に、こんな訊き方をされた。
「自分、学生の頃より上がってますか?」
明治大学時代の野村のボールも、4年生の春に府中のグラウンドのブルペンで受けていた。
学生の頃の野村は、自信の塊のような青年だった。
「みんな、菅野がすごい、すごいって言ってますけど、牽制とかフィールディングも含めて、すべてにおいて、自分のほうが上だと思ってます」
当時、学生球界No.1と評されていた東海大学・菅野智之投手(巨人)を向こうにまわして、サラッとそんなことが言えるほどの快腕だった。
「野村君は、ブルペンで目立つタイプのピッチャーじゃないよ」
それほど自信満々だった「野村祐輔」が、自分を疑っている。
そのことに驚いた。
「野村君は、ブルペンで目立つタイプのピッチャーじゃないよ。実戦のマウンドに立って、バッターを相手にして初めて、能力を発揮するピッチャーなんだから……だいじょうぶ、だいじょうぶ」
とっさに口を突いて出たのは、そんな「答え」だった。
その年、勝ち星は9つ(11敗)だったが、防御率1.98という素晴らしい「実戦力」を証明して、野村はセ・リーグ新人王を獲得した。
私の「答え」を覚えていてくれたのかどうかはわからないが、
「やっぱりな……」
と、勝手に納得していたものだ。
そこから9年が経って、先輩・野村にとてもよく似た「実戦力勝負」の新たな快腕が、同じカープのマウンドに登ろうとしている。
春季キャンプで、実戦形式の練習に入るのが、2月の10日過ぎだろうか。
シートバッティングから紅白戦……実戦の要素が濃くなればなるほど、課せられたイニングをそつなく抑えて、何ごともなかったようにマウンドを降りてくる栗林良吏の赤いユニフォーム姿が見えるようだ。
涼しい顔をしてダグアウトに戻ってくるはずの栗林。でも実はマウンドで打者に向き合っている時の彼は、誰よりも内面で熱く燃えて闘う相手にキバをむける、ファイティングスピリットの塊みたいなヤツなのだ。
(※引用元 Number Web)