夕方ではなく昼間の時間帯、しかも紅白戦や対外試合の前でもないのに、広島キャンプのメイングラウンドに選手が誰もいない時間がある。無観客キャンプを物語るシーンだ。例年は訪れたファンのため、メイングラウンドが無人となる時間はほとんどない。だが、今年は観客がいない。選手たちの声とミットの音や打球音が響き渡る、春季キャンプとなっている。
今年はグラウンドレベルでなく、スタンドからの見学となる記者の耳にも、選手たちの声はよく聞こえる。若手の大きく張り上げた元気な声よりも、今春の広島キャンプは主力選手の雰囲気づくりの声が印象的だ。
河田新ヘッド発案の特別メニューも
特に選手会長田中広輔は例年以上に張り切っているように感じる。コンディションも大きく影響しているだろう。19年に手術した右ひざの不安がなくなり、キャンプ初日から動きがいい。
復帰した河田雄祐ヘッドコーチから大きな期待をかけられ、第1クールには菊池涼介とともにバントやバスターなどの小技の個人指導を受け、第2クールには堂林翔太とともに特守でノックを受けた。どちらも全体メニューには記されていないもので、河田新ヘッド発案の特別メニュー。言葉だけでなく、行動でも期待の高さを感じさせるメッセージが31歳の背中を突き動かしているように映る。
田中広と同学年の菊池涼も、二軍スタートだった昨春から、今年は一軍キャンプ同行で初日からフルメニューを消化する。シートノックでは自主トレをともにした羽月隆太郎ら若手にアドバイスを送り、、志願して特守を受ける姿も見られた。もともと盛り上げ役だった上本崇司は今年も健在。緩急を付けたメッセージで練習に活気をもたらしている。
33歳会澤は300球を振り抜いた
そして「キャプテーン!(笑)」といういじりも、この春よく聞くフレーズだ。今年野手キャプテンに就任した鈴木誠也に、先輩選手から声が飛ぶ。
キャンプ初日に「1人1人がチームが何を求めているのか、何をしないといけないのかをしっかり考えて、このキャンプ1日、1日大切に取り組んでいきましょう」と広島ナインに檄を飛ばした新主将も連日、自ら特打を行うなど練習量の多さは変わらない。
主力が率先して動くことで、その姿を見た若手は自然と行動に移す。今キャンプに見られる好循環だろう。
若い選手の突き上げが目立つキャンプの方が、チームを活性化させるためには望ましい。広島は18年までの3連覇から2年連続Bクラス。転換期を迎えているだけに、世代交代を推し進めるべきだという声もあるかもしれない。ただ、3連覇を知る主力たちもまだ30代前半。鈴木誠に至ってはまだ26歳だ。彼らがもう一度奮起し、復調することが、チームを軌道修正させる最善の策ともいえる。
今年33歳となる会沢翼も、クール最終日の広島名物メニューであるロングティーでも手を抜くスイングは1度もしない。疲労が蓄積された中でも、しっかりと練習意図を理解して下半身を使って1球1球振り抜く。実績ある選手ならごまかしながらスイングすることもできる中、約300球を振り抜いた。昨季限りで引退した石原慶幸の「アツ(会沢の愛称)はまだ、もっと成長できるし、もっと成長しないといけない」という言葉を胸に取り組んでいるのだろう。
外国人選手もほぼ同じ練習量
彼らだけではない。来日1年目のケビン・クロンも来日後2週間の隔離期間のブランクを埋めるように、初日から精力的に身体を動かした。一部参加のみでマイペース調整する新外国人選手も珍しくない中、課せられたメニュー以外も自主的に参加する姿勢を見せる。
「アスリートの性というか、性格というか、競争している者の意識として、チームメートがあれだけ動いているのであれば、自分も早くそこに到達したいという気持ちですね。やはりみんなと比べて、2週間の自宅待機があったので、ちょっと自分の思うところに達していないところがあった。焦っているわけではないですが、早く自分が思い描くコンディションに到達していきたい」
育成選手のロベルト・コルニエルにも、2年目のテイラー・スコットにも言えることだが、今年沖縄キャンプに初日から参加している外国人選手は別メニュー調整をせず、日本人選手とほぼ同じ練習量をこなしている。よりチームがまとまって見えるのも、そのせいかもしれない。
広島キャンプを変えた「とある光景」
「世代交代」と言っても、特別ベテラン勢が多いわけではない。もうひと花も、ふた花も咲かせられる選手が揃っている。そういう意味でも主力と控え、若手とベテランが分け隔てなく厳しく指導できる河田新ヘッドの復帰は大きい。
昨年はどこか首脳陣が主力選手に気を使っているように感じることもあったが、今年は主力が先頭に立つ。そんな光景が、広島キャンプの雰囲気を変えているように思う。
チーム力底上げには当然、若手の底上げは欠かせない。キャンプ序盤には正随優弥や林晃汰といった打力を売りとする選手がアピールした。投手では昨春のように調整遅れがみられる投手はおらず、いい緊張感の中で競争が続いている。活気が戻った春季キャンプのように、主力選手が復調すれば再びコイは昇るかもしれない。
無観客の沖縄の地で、マツダスタジアムが真っ赤に染まる日を待っている。
(※引用元 Number Web)