名作に名脇役がいるように、いいチームにはいい脇役がいる。
主力ばかりがスポットライトを浴びるプロ野球界で、あまりスポットライトを浴びることのないユーティリティーや切り札と呼ばれる選手たちが陰ながらチームを支えることもある。
長嶋清幸から始まった広島の背番号「0」は、そういった選手たちの歴史と重なる。
高信二、木村拓也、井生崇光、そして上本崇司。ただ、入団時から背番号「0」とともに、その使命を背負っているのは、上本ただ1人だ。
地元広陵高から明大を経て、’12年のドラフト3位で広島に入団した。打撃には課題を残していたが、高い守備力と俊足を買われた。
入団1年目から守備固めや代走として30試合に出場した。チームとして必要な役割も、選手としてその役割を受け入れることはまだできなかった。定位置取りを目指し、持ち味の守備力を磨き、課題克服のためにバットを振った。
ただ、現実は厳しい。’13年はスタメン4試合に終わり、田中広輔が入団した’14年のスタメン出場は0。’15年はプロ入り初めて一軍に上がることもできなかった。
「レギュラーにこだわって、割り切れないと……」
「いくら守備と走塁が良くても、打てないと(一軍に)上がれない。試合に出られる人は打てる人なんだって、守備と走塁もおろそかになってしまっていた。自分を見失っていましたね」
心に溜めた不平や不満は、気づかぬうちに言動に表れる。
上本は二軍でもエラーや悪送球をするようになり、簡単な走塁ミスやサインミスなどが見られ、遠征先から広島に強制送還されることもあった。
代走と外野の守備固めのスペシャリストである赤松真人は、上本の気持ちを理解する1人だろう。
「選手なら誰だってスタメンで出たい。当たり前のこと。でも誰もが出られるわけじゃない。そのときに自分は何で勝負できるのか。レギュラーにこだわって、割り切れないと中途半端になってしまうことがある」
上本はあのとき、プロ野球人生の岐路に立っていたのかもしれない。
切り札として生きる者の宿命とは?
暗闇に一筋の光を射してくれたのは、河田雄祐外野守備走塁コーチ(現ヤクルト)だった。
’17年シーズン前に本職ではない外野の守備を「やってみないか」と声をかけた。
「内野の動きを見て、外野もできるんじゃないかと。あいつを生かすためにもね。ノックを受けさせても反応がいい」と同コーチは振り返る。退団する広島へ置き土産とばかりに、外野ノックを浴びせた。
チームメートからも背中を押され、外野挑戦で自分の生きる道がはっきりと見えた。’16年も’17年もスタメン出場はない。それでも、上本は新たな居場所で輝くための準備を続けた。
「レギュラーはたとえミスをしても挽回できるチャンスがある。でも僕はミスをしたら二軍。もう使ってもらえない」
ミスが許されない。
切り札として生きる者の、宿命だろう。
毎日のように球場に一番乗りしていた上本。
自己最多の37試合に出場した昨季、本拠地試合では毎日のように球場に一番乗りした。全体練習前に行われる特打には「邪魔してはいけませんから」と参加しなかったが、特打開始前には屋内ブルペンで1人、打ち込んでいた。
鈴木誠也や西川龍馬らが特打で打ち込むときには、すでに外野グラウンドに行っており、そこで入念にストレッチやショートダッシュを繰り返していた。円陣で「にゃんこスター」のお笑いネタを披露したり、チームメートの物まねをしたりと、注目されがちな盛り上げ役というキャラクターは上本という人間の一端にしか過ぎない。
人知れず、流してきた汗がある。
出番は試合終盤。しかも何もできないまま終わる日もある。
それでも、あの局面で平常心でいるためには、やらなければいけないことがある。一瞬の輝きは、長時間積み重ねてきた努力によって生み出された結晶なのかもしれない。
上本のワンプレーが連覇を手繰り寄せた!
そのワンプレーが昨季、連覇へラストスパートをかけた。
2位阪神との直接対決となった9月6日。同点の延長11回裏に、途中から出場した上本は1死走者なしから四球を選ぶと、會澤の打席でスタートを切った。
試合展開、状況などから考えると、誰もが「走る」と予想できた場面。しかも出場は8月11日巨人戦(マツダ)以来、約1カ月ぶりだった。
それでもスタートを切り、そして成功させた。
「2ストライクまでに走れず、やばいなと思っていた。変化球が来るという確信があったので行った」
阪神バッテリーの警戒網を潜り抜け、直後に歓喜をもたらした。
選手選びは、パズルのようなものだ。
廣瀬純外野守備走塁コーチは「実戦に入ってからが大変だからと本人には言っている」と新たな課題に直面することも想定しているが、外野守備にはめどが立った。
脚力を生かした守備範囲は広く、打力を売りとする選手の代わりは十分務まるに違いない。
一軍登録枠の28人からベンチ入りは25人。
レギュラー格ばかりではいけないし、タイプに片寄りがあってもいけない。
選手選びは、パズルのようなものだ。
バランスとバリエーションによって、采配の幅は広がる。選手個々の足し算ではなく、かけ算でチーム力は変わってくる。
代走と内野の守備固め、そして外野の守備固めもこなせる「25分の1」はなかなかいない。両打ちで小技も利く。開幕一軍枠を巡る争いは続いているが、上本には早くも当確ランプがともったと言ってもいい。
上本は今年、球団カレンダーやカープロードに掲げられた選手紹介ボードに初めて登場した。存在感や期待が大きくなっている表れだろう。12球団屈指の選手層を誇る広島で、欠かせぬ1ピースとなりつつある。
背番号「0」の宿命とともに、1度は見失いかけた進むべき道を力強く、そして真っすぐに突き進んでいる。(「炎の一筆入魂」前原淳 = 文)
(※引用元 Number Web)