今夏、筆者は「今年の夏は、野球観戦に耐えうるのか」を体感するために、各地の球場に出向いた。高校野球の地方大会、甲子園、プロ野球、独立リーグなど、真夏の観客席で観戦しまくった。
7月後半から9月中旬まで、日本中で「熱中症警戒アラート」が鳴り響いた。北海道、エスコンフィールドでの観戦は快適そのものだったが、それ以外の地域での野球観戦は、本当に大変だった。
暑さに慣れた選手たちの限界を超える暑さ
高校野球の都道府県大会が行われる地方球場は、そもそも内野の観客席に屋根やひさしがない施設が多い。観客は直射日光にさらされる。日傘をさすなど自衛をしていたが、2時間の試合時間は耐え難いと感じた。
その点、阪神甲子園球場の一塁側内野席は、朝から日陰ができる。それだけでかなり楽になるが、三塁側の内野席、さらには両サイドのアルプス席、外野席は終日強い陽光にさらされる。これは大変厳しいと感じられた。
猛暑の野球観戦には、凍らせたペットボトルの飲料が必需品だ。飲む以前に、これを首筋の後ろ側、わきの下などに当てて体温を下げるのだ。それでも1試合が終わると氷は解けて、完全に飲み干しているのが常だった。
ただ、筆者は「暑さ」の感覚は、選手と観客では大きく異なることも実感した。猛暑の中でも選手は野球をしている。これは日ごろの「暑熱順化」対策の賜物であろう。軍隊では、重装備で猛暑の中を行軍するような訓練が行われるが、これは兵士を「暑熱順化」するのが目的だ。
同様に野球選手も炎天下で長時間のノックを受けるような練習をする。こうして猛暑の中でもプレーができるように体質改善をするのだ。「試合よりも練習の方がずっと厳しい」とは、野球選手がよく口にする言葉だ。
しかしながら気温35度を超える酷暑になると「暑熱順化」も限界を迎える。甲子園でも、足がつるなど、熱中症の症状を訴える選手がでてきた。エラーも増えた。日本の酷暑は、人間の耐性を超えるレベルになろうとしているのだろう。
もはや無視できない野外球場とドーム球場の条件差
プロ野球は7月以降、ナイトゲームが中心となる。特に屋外球場ではデーゲームは観客にとって耐えがたい暑さとなるため、18時からの試合が標準になる。
筆者は今年もプロ野球の公式戦を60試合ほど見たが、最近は夜間でも30度を下回らない熱帯夜が続くようになり、ナイトゲームでも暑さと湿気でそうとうに厳しいと感じた。
その点、ドーム球場は空調が効いている。半屋外の西武本拠地のベルーナ・ドームを除くドーム球場はまことに快適だ。屋外球場との「環境格差」は開きつつあると感じた。
ナイトゲームが基本の屋外球場だが、イベント併催の都合で、午後の時間帯に試合が始まるケースが少数ながらある。
7月21日、神戸市のほっともっとフィールド神戸で行われたオリックス-楽天戦は、試合後に「花火大会」を行うために、午後4時にプレーボールとなった。この日の神戸市の最高気温は33.4度。兵庫県全域に熱中症警戒アラートが発表されていた。
グラウンドには強烈な直射日光が照りつけていたが、この日、プロ入り初先発となったオリックスの佐藤一磨は投球練習からストライクが入らず、1回表に3被安打、1与四球、2回途中50球で降板した。野球どころではない印象だった。
いかに「暑熱順化」していたとしても、昨今の猛暑はそれで乗り切れるような生易しいものではなかった。
今年の猛暑は、単に気温が高いだけではなく、湿度が高かった。さらにその高い最高気温が延々と続いたのが特徴だ。
例年であれば8月も下旬になれば秋風が吹き、最高気温も30度前後となり、過ごしやすい気候になるのだが、今年は一度最高気温が下がって9月6日ころから再び上昇し、西日本を中心に、熱中症警戒アラートが連日、発出されるようになった。
NPBの公式戦は、9月に入ればデーゲームが増えていく。屋外球場でも過ごしやすくなるからだ。しかし今年は9月になっても高温の日が続き「残暑」が「酷暑」になったのだ。
9月になった途端にガクッと調子を落とした広島投手陣
8月中旬まで、巨人、阪神、DeNAと熾烈なペナント争いをしていた広島東洋カープがその後、急失速したのは、この「残酷暑」と関連しているのではないだろうか?
今季の広島、月次のホームゲームの成績と1試合当たりの得失点を見てみよう。
3、4月 5勝4敗2分 2.8得点/2.0失点
5月 8勝6敗1分 3.5得点/2.5失点
6月 7勝2敗 3.3得点/1.6失点
7月 5勝3敗 3.0得点/2.8失点
8月 8勝3敗 3.7得点/2.6失点
9月 5勝11敗 2.8得点/4.8失点
NPBは全般的に「投高打低」だ。広島の1試合当たりの得点も大きいとは言えないが、8月まではそれを下回る失点だった。投手陣は優秀だったのだ。
ロードでは負け越した月もあったが、ホームでの「貯金」で損失補填して上位をキープしてきた。
しかし9月は、5勝11敗と大きく負け越し。得失点も大きくマイナスに転じた。失点は5点近くにまで落ちた。この失点を跳ね返すような打力は今の広島にはない。
その結果として9月4日には首位だったのが、28日時点では「借金1」で4位に沈んでいる。
観客にも耐えがたい暑さ
プロ野球チームは、ナイトゲームがあるときは、午後には守備練習、打撃練習をグラウンドで行う。
真夏であっても日中から選手たちは身体を動かす。午後の厳しい日差しの中でも、選手たちはバットを振り、ボールを追いかける。長いシーズン、コンディションを維持するためには、不断の練習が必要なのだ。またこの練習は「暑熱順化」でもあるのだろう。
しかし炎天下での練習は選手の体力を確実に消耗させる。ベテラン選手は打撃練習だけで屋内に下がることも多いし、投手陣は一般的に室内のブルペンで調整する。
ドーム球場では、練習時間も快適に体を動かすことができるし、ベテランでも納得いくまでトレーニングすることができる。
猛暑にさらされながら練習する屋外球場を本拠とするチームの選手と、ドーム球場を本拠とする選手では、疲労度、消耗度に大きな差が出てくるのではないか。
マツダスタジアム内野上段の自由席は18時のプレーボールでも、15時に開場する。この時間帯は相手チームの選手が練習しているが、夏は大変に過酷に見える。この球場はホームベースを西として東西の方向に建てられている。太陽は外野の方向から上って、日中いっぱい球場を照らし続ける。屋根がある一塁側の上段席を除いて、真夏は強烈な日光にさらされる。
このために、場内アナウンスは「熱中症対策」を何度も訴えている。また、球場内にはアイスコーナーが設けられ、体を冷やすための氷が無料で利用できるようになっている。さらに右翼外野にはミストを噴出する「雲海」コーナーもある。暑い季節を「楽しもう」という演出ではあるが、それでも夏の野球観戦は厳しい。
永年、屋外球場でシーズンの半分をプレーしてきた広島の選手はドーム球場を本拠地とする選手より「暑さ対策」はできているはずだが、さすがに今年は例年をはるかに上回る夏の暑さで疲労が蓄積したうえに、「残酷暑」が選手の体力を奪ったのではないか。
試合編成から考え直すべきとき
阪神タイガースは、夏季には本拠地の阪神甲子園球場を高校野球に明け渡してロードゲームの旅に出る。かつて過酷な夏の遠征は「死のロード」と言われたが、今は、オリックス・バファローズの本拠地、京セラドーム大阪を併用しているので、むしろ甲子園より快適に試合ができるようになった。
屋外球場を本拠地とする球団と、ドーム球場の球団とでは、環境による格差が開きつつある印象だ。
さらに言えば屋外球場は雨による中止が避けられない。マツダスタジアムの広島主催試合も6試合が雨で流れた。この試合の代替試合が、日程を厳しくしている。これもドーム球場を本拠地とする球団は経験しない苦労である。
来季の試合編成に当たっては、NPBは、屋外球場を本拠とする球団とドーム球場の球団の試合環境の「格差」に留意すべきだ。さらに異常気象のさらなる進行を想定して、9月以降もナイトゲームを増やすべきだろう。また昨今は、ナイトゲームの試合開始時刻は18時ちょうどが一般的になっているが、日没時間を考えれば18時30分にすることも考えたほうがよい。
さらに、阪神タイガースだけでなく、夏季の屋外球場での試合は、できるだけドーム球場に移行するなど、臨機応変な試合編成を考えるべきときだと思う。
もっと言わせてもらえば、あまり注目されていないが、二軍の公式戦は真夏でもデーゲームが一般的だ。夏以降、暑さに耐えかねて、二軍戦の観客は減少する。こちらもそろそろ考えるべきときが来ている。
選手ももちろんのこと、審判や観客にとっても「真夏の野球」は、過酷で、命の危険さえ考えるような状況になっている。地球温暖化は止まる兆しはない。ならばそれを見越した対策を先手を打って立てていくべきだと思う。
(※引用元 JB PRESS)