40年近くプロ野球の実況をしていても、新記録に出合うことなどまずありませんでした。
それが9月22日、バンテリンドームでの中日―広島戦で、思わぬ新記録達成に立ち会えました。「1打席の投球数」が最多の22球という記録でした。投げたのは中日・涌井秀章投手(38)、記録達成者は四球を勝ち取った広島・矢野雅哉内野手(25)です。
これまでの記録が19球で、2013年の巨人・山口鉄也投手に対するDeNA・鶴岡一成捕手ら過去3度。粘り強さを示す職人技のような特殊な分野です。鶴岡は三振、その前の11年のソフトバンク・明石健志内野手が四球ですから、出塁という結果まで含めると13年ぶりの記録更新です。さらにその前、1947年の太陽・松井信勝内野手も四球でした。安打の例はありません。
記録誕生は2―1と中日リードの6回表、広島の攻撃、1死走者なしの場面です。矢野はバットを短く握り、左打席に立ちました。この日の涌井は球威、制球ともに良く完投ペースでした。矢野に対して142キロの速球で見逃しのストライク、内角寄りの136キロのシンカーでファウルを打たせ、2球で追い込みました。
誰が見ても涌井が有利。しかし、矢野は2ストライクアプローチでさらにバットを短く握り、引き付け気味にして食らい付きを始めました。3球目の速球を見極めた後シンカーをファウル、また速球を見てカウント2―2、ここからひとつ目の山を迎えます。
6球目の初めての内角スライダーをファウルにしてから、12球目までスイングを続けました。2―2のまま涌井の13球目は外角ぎりぎりの148キロと速度を上げた渾身の一球、矢野の選球眼が冴えボールでフルカウント。私も「さあ勝負の一球!」などと突っ込んでいきますが、ここからふた山目が訪れます。
矢野に長打はないと、バッテリーは速球を続けます。矢野は対応しファウルにして涌井を追い詰めます。15球、16球と投球がかさみ、このへんから長くなりそうだと感じていると、この日のフロアディレクターはとても記録への関心が高い人物で、19球の記録を察知していました。私にも示してくれ、〝ファウルの実況〟の熱が上がります。
7連続の速球の後、投じたスライダーにも反応し19球目をファウル。フロアディレクターのおかげで、タイ記録をコメントできました。そして20球目、真ん中高めのスライダーをファウル、新記録達成です。さらに次のボールもファウルにして迎えた22球目、涌井が少々引っかけ気味に速球をリリースして内角低めに外れ四球、勝負がつきました。
11分を超える対決は見応えがありました。2ストライク以降、17球ファウルを打てた矢野は見事。しかも当てるとか、カットする逃げのスイングには見えず、キッチリ振っていました。価値のある四球だと言えます。
でも、涌井もすごかったです。22球のうち19球がストライク、3ボールからは8球連続ストライクです。コースや球種を工夫し、耐えて変えなかったのは表情。粘った矢野にもまして、プロフェッショナルの技術とハートを感じました。
22球のプロの技が産んだ新記録、1試合分の緊張と楽しみを味わった初めての経験でした。
(※引用元 夕刊フジ)