メジャー後押しの広島ファンは拍子抜け
キツネにつままれたかのような電撃移籍となった。広島から海外フリーエージェント(FA)権を行使していた九里亜蓮投手(33)がオリックス入りすると12月12日、同球団から発表された。当初は米大リーグ移籍を目指してのFA宣言だった。去就が明らかになったと思ったら、行き先はメジャーでも広島でもなかった。「イチから環境を変えてパ・リーグの野球に挑戦したいと思いました」と理由を説明したものの、最高峰の野球に挑むということで背中を押してきた広島ファンは拍子抜けした格好だ。海外FAがいつの間にか“国内FA”へとすり替わった、その背景を複数の球界関係者の言葉から読み解く。
スポーツメディアに依れば、九里は11月下旬にメジャー球団の感触が芳しくなかったため、米球界挑戦を断念したという。最多勝を獲得した2021年のオフは国内FA権を行使せず、3年契約で広島に残った。今季まで8年連続で100イニング以上を投げ、ローテーションの一角を守ってきた。今季は自身初の開幕投手となった。年齢的なものから「最初で最後のチャンス」と位置づけていた今オフの米球界挑戦だが、マイナー契約を結んででも成し遂げようとすることはなかった。
さる米大手マネジメント会社の代理人は九里の決断までのプロセスにこう分析を加える。
「メジャーのFA市場では基本的に有力選手が先で、九里は年齢、実力的に(12月の)ウインターミーティングまでには決まらないランクだとみていました。それは九里も代理人も、ある程度は想定していたはずで、実際にその通りになったということでしょう。FA宣言は11月12日で、そこから2週間程度で見切りをつけたことになります。並行して交渉していたオリックス、そして広島も来季のチーム編成を固めないといけませんから、九里には年内の早い段階での結論が求められていたのだと思います」
では、なぜ進路に広島ではなく、オリックスを選んだのか。確かにFA宣言時には国内他球団移籍も否定していなかったのだが……。
昨オフも西川がオリックスにFA移籍
その前に今オフの国内FA移籍を巡り、最も注目された阪神の大山悠輔内野手のケースを振り返りたい。
大山は巨人移籍と悩んだ末に残留を選んだ。一時は関東出身のため関西の水に合わないことなどを理由に、金銭面でも優位に立った巨人移籍が有力視されていた。関西在住の元NPB球団監督はしかし、史上初の阪神から巨人へのFA移籍がいばらの道だったことを強調する。
「私は終始、阪神から巨人の移籍はないと思っていました。仮に大山が巨人選手として甲子園でプレーすれば、客席は殺伐とした雰囲気に包まれていたことは容易に想像できます。そういう環境では、いかにプロでも選手が本来の力を発揮するというのは……。どんなにメンタルが強い選手でも躊躇するものでしょう」
大山の慰留に成功したことで、阪神球団も球界随一の熱狂的ファンからの批判を回避した。
「宿敵の巨人に手塩にかけた主砲を持っていかれるわけですから……。ファンの怒りの矛先は球団にも向けられていたはずです。大山にも球団にも最善の結末と言えました」(同)
その一方、九里は、同一リーグへの移籍を検討した大山とは異なり、他のリーグの球団を選択した。ファンの反発の大きさは阪神から巨人に移籍するケースとは比べるべくもないものの、昨オフの西川龍馬外野手に続き、2年連続で広島からオリックスへのFA選手の流出となった。広島がオリックスの選手供給源になっている印象は拭い切れない。
丸には「宣言残留」を認めたが……
さる元パ・リーグ球団社長は自身がFA選手の慰留に失敗した当時を回顧する。
「資金が潤沢な球団ではなかったため、出せるオファーには限度がありました。選手がより良い条件の球団に惹かれるのは仕方ないと理解していました。そんな中でも生え抜き選手の慰留に全力を尽くしたという事実を、ファンに理解してもらうことに注力しました」
広島は18年オフに丸佳浩外野手が巨人にFA移籍した際、宣言残留を認めた。一方で今回の九里には「未定」とのスタンスで、宣言残留を認めるとも認めないとも明確にしなかった。
「2年連続MVPでリーグ3連覇に貢献した当時の丸と、今の九里ではチームにおける戦力として意味合いは違います。かといって認めないのは、ここまで広島のために先発で投げ続けてきた投手がメジャー挑戦で不調に終わった時に出戻りを許さないのかという冷たい印象を与えかねません。逆にはっきりと認めれば、国内他球団との争奪戦になった時にどのように残留交渉をしたのか、責任を含めて問われます。ここをはっきりさせなかったことも広島ファンの反感を抑えられた要因だったのではないでしょうか」
同元社長はこう分析した上で、九里の代理人サイドの思惑にも言及した。
メジャーとオリックスの二段構え
九里は今季で3年契約が切れた。今季の推定年俸は1億4000万円。成績は7勝10敗、防御率3.21だった。
「広島に残っていれば投手陣の中では年齢が高い選手ですし、来季契約はなかなか厳しいものになっていたでしょう。オリックスなら昨オフに山本(由伸投手=ドジャース)が抜けて先発強化が課題で、その山本(がポスティングシステムによる移籍)では得たドジャースからの巨額の譲渡金があるので好条件が望めます。メジャーを最優先にしつつも難航すれば、オリックスという二段構えだったのではないでしょうか。九里に提示されるオファーを最大化しようとする戦略性が感じられましたね」
オリックスとは総額6億円の複数年契約で合意したという。仮に最初からメジャー挑戦ではなく国内他球団か広島かの選択であれば、少なからず波風が立っていたであろう移籍だが、こうしてハレーションは最小限にとどめられようだ。
(※引用元 デイリー新潮)