リーグ優勝を果たした1位チームがクライマックスシリーズ(CS)のファイナルステージを戦う難しさを、かつての巨人・原辰徳監督はこんな風に表現していた。
「相手はファーストステージで勢いがついてきている。こちらはシーズンからの空白期間があって実戦勘にブランクがあるので、どうしても最初に受け身になりがちになる。そこでどう早くがっぷり四つに組み合えるかなんです。
相手の勢いを受け止めて、胸と胸を付き合わせて四つに組めれば、そうそう負けることはない」
要はファーストステージで一気呵成になっている相手チームの勢いに、どう楔を打てるか。それがファイナルステージ初戦の重要なポイントになるということだ。
特に今年のセ・リーグは、待ち構える広島にとって、非常にやりにくい戦いになっているはずなのである。
10月3日の高橋由伸監督の辞任発表から、巨人のチームのムードも監督自身の采配も、憑き物がとれたように大きく変化している。
実際にヤクルトとのファーストステージ初戦では、シーズン中にはみられなかった機動力を使った大胆采配が目立ち、それに選手も応えて通算8連敗中だった小川泰弘投手をKO。第2戦ではまさかまさかの菅野智之投手のノーヒットノーランでの勝ち上がりだ。
「高橋監督と1試合でも長く野球がしたい」
そんな惜別の想いで加速した巨人の勢いを、だが、がっちりと受け止めたのが広島のエース・大瀬良大地投手のピッチングだった。
すべては初回の攻防だった。
巨人の勢いを止めた「5球」
1回の巨人の攻撃。
先頭の坂本勇人内野手が1ボール2ストライクから、大瀬良の152キロのストレートを中前にはじき返していきなりチャンスを作る。
そこから2番・田中俊太内野手への5球をめぐる攻防が、巨人の勢いを止める大きな防波堤となるものだったのだ。
9月30日の東京ドームでの記憶
田中への初球は137キロのカットボール。2球目も139キロのカットボールが外角に外れて2ボールとなったが、これは大瀬良にとっては計算づくだった。
「やっぱりファーストステージで色々とやってきているのは分かっていましたから。自分の最後の対戦のときも足を絡めてやられているので、探りをいれながらのピッチングでした」
9月30日の東京ドームでの対戦だ。同点の3回無死一塁で同じ田中に左翼線にエンドランを決められて一気に一塁走者の生還を許した場面があった。
大瀬良の頭にあったのはその場面だ。
巨人打線の勢いが止まった瞬間
いまの巨人は簡単に送りバントでは来ない。
実際にファーストステージでも同じような場面でいきなり盗塁をしかけてきたり、初球エンドランと大胆采配が目立ったことは、インプット済みだった。
そのためボールを長く持って、なおかつ牽制を挟み、慎重に相手の動きを探る。決して簡単にストライクを取りにいかない中での2球だった。
いわば相手の動きを制するためのボール2つだったわけだ。
そうして1球は振らずに見てくることを確信したように、3球目は138キロの外角低めのカットボールでストライクを1つとり、カウントは2ボール1ストライク。
「必ず動いてくる」
バッテリーの想定通りに、ここで巨人が仕掛けた。
エンドランだった。しかし田中がバットを出したが、インコースに鋭く切れ込む139キロのカットボールにこれがファウルとなって、仕掛けは失敗に終わる。
そして最後に大瀬良は、これまた想定通りにインハイに144キロの真っすぐを投げ込んだ。
田中は詰まった二ゴロ併殺に打ちとられ、巨人打線の勢いはここで止まった。
大瀬良「プラン通りです」
「シーズン中の反応を踏まえていこうと思った。プラン通りです」
試合後の大瀬良だ。
ボールから入ってカウントを作り、最後の2球は田中の苦手な内角を抉って詰まらせて仕留める。
むしろ相手の攻撃の選択肢をエンドランに絞り込んでいくような配球で、その通りに田中を仕留めて巨人の勢いを止めた。
まさにエースのピッチングだったのである。
「タナキクマル」の広島打線が機能
その裏のカープの攻撃では、今度は全く同じ無死一塁で2番の菊池涼介内野手がエンドランを成功させる。1ボールから巨人先発のメルセデス投手の外角144キロの真っすぐを中前に弾き返して無死一、三塁とチャンスを広げた。
「強く打とうと思い切っていった。2番の仕事ができた」
菊池がこう胸を張った通りに、続く3番・丸佳浩外野手の内野ゴロの間に貴重な先制点を奪うことになる。
「タナキクマル」の広島打線が機能して、がっぷり四つに組んだ初回の攻防は広島に軍配が上がったわけだ。
実戦から離れていた広島に、シーズン中の勢いが蘇った先制点でもあった。
もちろん4回に飛び出した4番・鈴木誠也外野手の2ラン、7回の丸の一発も大きかったのは言うまでもない。
ただ、下克上のムードに乗って広島に乗り込んで来た巨人の勢いを止めたのは、やっぱりエースの大胆なピッチングだった。
この日の大瀬良の最大のピンチは6回だった。
1死一、二塁で打席の岡本和真内野手のへの初球は128キロの甘いスライダーだったが、これを岡本が打ち損じて捕飛に倒れた。ただ、これも単なる打ち損じではなく、2回の第1打席で徹底的にインコースを攻めて、その残像があったことも起因しているはずだ。
エースの仕事は勝つだけではない
「短期決戦。大胆にいくところは大胆にいった」
大瀬良は、なおも2死満塁のピンチで長野久義外野手を二飛に仕留めて切り抜けたシーンを、こう語っている。
「大地の投球に尽きる。初回から力が入っていたけれど、落ち着いてしっかり投げてくれた」
緒方孝市監督がこう振り返った大瀬良のピッチング。
エースの仕事とは単に勝つことだけではなく、相手の勢いを止めて主導権を握る投球ができるかだ。
そのことをいきなり示した大瀬良のマウンドだった。(文:鷲田康)
(※引用元 Number Web)