カープに鯉

広島カープへの想いを届ける記事を掲載♪「カープ関連」のLINEスタンプも紹介してますヾ(*≧∀≦)ノ゙

衣笠祥雄さんが、『指導者』としてユニホームを着なかった理由は…

2018年12月30日

衣笠祥雄さんが、『指導者』としてユニホームを着なかった理由は…

2018年も残すところあとわずか。今年も多くの方々が、その生涯に終止符を打ちました。元広島内野手・衣笠祥雄さんは4月23日、上行結腸がんで亡くなりました。享年71歳。スポーツ報知では、知られざるエピソードとともに、故人をしのびます。

記録にも記憶にも残るスーパースターだった。衣笠氏は1979年に巨人・西本聖の死球で肩甲骨を骨折したが、翌日に代打でフルスイングの3球三振。

「1球目はファンのため、2球目は自分のため、3球目は西本君のために振りました」と話した。同年の日本シリーズ第7戦で伝説の「江夏の21球」。マウンド上で孤独を感じる左腕に歩み寄り「オレもお前と同じ気持ちだ」と、一緒にユニホームを脱ぐ覚悟を伝えた。名場面での言葉に男気、人間味があふれ出る。

だからこその思いが、広島ファンならずともある。「衣笠監督」はなぜ実現しなかったのか―。

鉄人の無二の親友だった江夏豊氏がこの問いに丁寧に答えた。「これは謎。いろんな説があるけど…。先代のオーナー(故・松田耕平氏)室には衣笠のものばかり飾られていた。なぜ、あれだけの功労者なのにカープの指導者になれなかったのだろうか。オレには分からない」と思案を巡らせ、さらにこう続けた。

「ある時、サチに聞いたことがある。『指導者というものに魅力はないんか』と。『ある。やってみたい』と、はっきり言った。でも、監督というのは、自分がやりたいからやれるものでない。サチも何があったのか言わない。他球団のユニホームを着るチャンスは、あるにはあったらしい。即座にお断りしたと。『オレは広島の衣笠だ』ということ。それが、どこのチームなのか聞きもしていないけど」

87年の引退後、指導者として球界に復帰することはついになかった。縁やタイミング、強すぎた広島愛、理由は一つではないだろう。野球人生もまた、小細工なしのフルスイングだった。(島尾浩一郎)

(※引用元 スポーツ報知

関連記事

前向きの象徴【いつも心に新井『さん』を】/カープ女子からのすすめ

前向きの象徴【いつも心に新井『さん』を】/カープ女子からのすすめ

今シーズン導入された申告敬遠に慣れてしまった自分に寂しさを感じている同志の皆さま、如何お過ごしですか。あれほど「敬遠球をホームランにしたり暴投したりのドラマがなくなる!」と憤っていたのに案外簡単に受け …

CS導入から12年目…改めて、ペナントレースの『価値』を問いたい

CS導入から12年目…改めて、ペナントレースの『価値』を問いたい

広島が異常な戦いを続けている。普通、リードしていた試合をひっくり返されると、チームのムードは悪くなる。勝ち試合の終盤に投手が打たれようものなら、野手からはあからさまな不満がにじみ出る。 投手はどんどん …

丸、王貞治だけが達成「出塁率5割」に挑む、球史に残る1年となるか

丸、王貞治だけが達成「出塁率5割」に挑む、球史に残る1年となるか

安打数より多い四死球数 突出した丸の出塁率 6月30日に1000本安打を達成したばかりの広島・丸佳浩は、7月1日のDeNA戦で2本塁打を含む5打数3安打と大暴れした。特筆すべきは出塁率の高さ。2位のヤ …