長野久義や小園海斗らに注目が集まる広島が、4連覇を狙う新たなシーズンを迎えようとしている。
新戦力が連日メディアを賑わせる中、今年のチームの鍵を握る鈴木誠也は、喧騒をかわすように静かに、そして確かな足取りでシーズン開幕へ歩を進めている。
昨年11月、右足首のボルトを抜く手術を受けた影響もあり、春季キャンプは初日から別メニューだった。ただ、初日から外野守備に就き、打撃では柵越えを披露。特にバッティングでは球を捉えたときの打球音がほかの選手とは違う。
打者としてまた1段階も、2段階も上がった強烈な印象を与えた。
最後まで別メニューが続いたのは、右足に不安があるからではない。首脳陣からの信頼の証でもあった。「誠也は放っておいても勝手に振る。打撃技術もほかの選手と比べたらかわいそうなくらい」と、東出輝裕打撃コーチは認める。
本人は24歳で与えられた特権に戸惑いながらも、同時に受け取った責任感と向き合いながら調整の階段を上がっていった。
打撃練習から殺気立った集中力
長野や小園の加入がなければ、開幕前の広島の関心事は鈴木に集中していただろう。丸佳浩が抜けた打線の中軸として、そして今年から新たに背負うことになった背番号1の後継者として。
広島に6年ぶりに戻ってきた背番号1は、重たい。
前任者の前田智徳氏は“孤高の天才”として寡黙に打撃を追求する姿がファンの心をとらえ、絶大な人気を誇ったレジェンドだ。
そして後継者となった鈴木も、打撃を追い求める打撃人である。
類似点は多い。普段の打撃練習から殺気立ったようにバットを振る。練習でミスショットしても悔しがり、打撃投手の間合いが合わなければ、1メートル前に出て構えることもある。1球にかける集中力がほかの選手とは違う。
バットへのこだわりも同じ
バットに対するこだわりが強いのも同じ。
メーカーから定期的に10本のバットが届けられる。
鈴木はまず芯の部分を右手でたたき、音を聞く……。そして両手で握り、感覚を確かめる……。それを1本、1本、繰り返す……。鈴木と担当者との間には静寂しかない。
しばらくすると、鈴木がバットを仕分けして、口を開く。
「すみません、この2本をお願いします。あとは大丈夫です」
長さや重さに大きな差はない。ただ、どうしても微妙な違いは生じてしまうものだという。
その微妙な違いから、鈴木の感覚に合うのはいつも10本中2本程度。その姿にアシックス社の担当佐々木邦明氏は「誠也くんが新しいバットにする動きって、前田(智徳)さんと全く一緒なんです。そして、あの緊張感。前田さんに似てきたなって思うときがあります」と前任者の姿と若き1番の姿を重ねたという。
でも「今まで通りふざけます」
ただ……鈴木は鈴木。前田の背中を追うわけではない。
「背番号が変わったからといって、今までの自分じゃないようにやるのは違う。もちろん、試合に出る以上は責任がある。でも、前田さんの孤高というイメージと、僕はスタイル的に違う。今まで通りふざけさせてもらいます」
打席で見せる獲物を狙うハンターのような姿が嘘のように、バットを離せば一般の24歳と何ら変わらない。チームメートとふざけながら、ニコニコ笑っている。チームの4番となっても、野球に対してだけでなく、人に対しても、生活に対しても、おごることはない。
黒田、新井との出会い
’15年に広島に帰ってきた、黒田博樹氏と新井貴浩氏との出会いが転機となった。
2人の“チームのために戦う姿”は、若いチームに大きな衝撃を与えるとともに、理想を指し示してくれる光だった。
「帰ってきた黒田さんと新井さんが引っ張ってくれて、勝つために必要なことをみんなが教えてもらった」
2人に引っ張られるように、復帰翌年の’16年に25年ぶり優勝を果たした。
当時22歳でレギュラーを狙う立場、レギュラーを死守する立場にあった鈴木はまだ、周囲のことよりも、ただ純粋に投手との対戦に全神経を注いでいた。打ち取られればベンチで感情を爆発させ、言葉を吐き捨て、打撃手袋をたたきつけることもあった。
ただ、レギュラーから主力、そして4番と立場が変わっていくにつれ、心境も変化した。黒田と新井の教えを受け継いだチームも成熟。3連覇した昨年、鈴木の中で方向性が間違っていないことを痛感した。
「自分のためだけにやっても、ただ技術を突き詰めるだけだとつまんないし、しんどいだけ。勝つために何をやらなければいけないか。それが野球の楽しさだと思ったんです。チームのために何ができるかを考えて、必要なんだと思ったものをやって、今がある。その中で自分の技術を上げていこうと。それが成長につながるんだと思います」
“個”がバラバラではいけない
強烈な“個”を持つ鈴木が、“チーム”の重要性を感じられたのは、2人の存在があったから。まだ24歳ではあるが、広島では絶対的な主力であり、チームの顔。年齢は違えど、’15年に帰ってきた2人の立場と近づいた。だから、責任もある。
「おふたりがいなくなって、丸さんも抜けた今年は、より“個”が大事になる。みんなが忘れてしまったら、’15年以前に戻ってしまうと思う。試合に出る主力組がしっかりしないといけない。“個”がバラバラになったら厳しい。黒田さんと新井さんが残してくれたものを台無しにしてはいけない」
孤高でもなく、兄貴でもない
オープン戦で、凡退してベンチに戻った鈴木が後続の打者が適時打を打つと、ベンチから飛び出さんばかりに喜びを殊勲者に向ける姿が見られた。
それはまるで昨年限りで現役を引退した新井氏のようだった。
長く中軸でコンビを組んだ丸が抜け、ただでさえ若き4番の両肩にかかる負担と重圧は重くなった。
ただ、その重責に背を向けることはしない。孤高でもなく、兄貴でもない。鈴木は鈴木らしく、新たな広島の顔として、また違った姿をみせてくれるに違いない。
(※引用元 Number Web)