プロの世界でも選手の育成法はさまざま。アマチュア時代の注目度と成長度合いが必ずしも比例するものではない。大きな期待を背負いながら、大成できずに辞めていく選手も決して少なくない。チームによって育成方針が違っていれば、指導法やチーム内の雰囲気も違う。合う、合わないという要素もある。セ・リーグ4連覇を狙う広島では、誰もが認める身体能力を持つ野間峻祥(たかよし)が今、次なるステージに上がろうともがいている。
野間は2014年にドラフト1位で広島から指名を受けた。1年目から127試合に出場。翌16年は21試合出場に数字を落としたものの、17年は98試合に出場し、4年目の昨年は初めて規定打席に達し、打率2割8分6厘と飛躍のきっかけをつかんだ。今季はFAで丸佳浩(巨人)が抜けた中堅のレギュラー最有力であり、近い将来チームを引っ張っていく逸材と言える。
走攻守にあれだけ高いレベルの力を持った選手はそういない。プロ野球の世界でも、身体能力の高さは突出している。今や日本を代表する4番打者に成長したチームメイトの鈴木誠也にも引けを取らない。ケガがありながらもハイペースで成長する鈴木とは対照的に、野間はもがきながら、迷いながら、一歩ずつ成長の歩みを進めてきた。
チーム方針があれば、選手個々に合わせた指導法もある。ただ、広島首脳陣の野間の育成法は厳しい。まるで「獅子の子落とし」のように厳しさを感じる。
とくに丸というチームの中核が抜けた今季は、野間が同じ中堅の選手で、チームの未来を背負う逸材であれば、多少の我慢をしてでも使い続けるべき存在だろう。少なくとも記者はそう感じていた。だが、広島首脳陣は、野間を崖から突き落とすように試練を与え続ける。
4月17日の巨人戦。九州遠征の熊本の地で、野間が今季初めてスターティングメンバーから外れた。
開幕から低調な広島打線のなかで、野間はただひとり打率3割をクリアしていた。開幕直後は空席状態だった3番で獅子奮迅とも言える働きで打線を引っ張り、前日まで1番を任されていた。
非情ともいえる采配に、チーム内からも「なぜ?」の声は上がっていた。
チームは連敗中で、借金はワースト8となっていた。この試合、広島は首位・巨人を最終回に逆転して、その後の巻き返しのきっかけをつかんだ。今では分岐点と位置づけられる試合だが、一方で敗れていれば逆の意味で分岐点となっていたかもしれない危険性をはらんでいた。
勝利の殊勲者は石原慶幸だったが、今季初めてベンチスタートとなった野間が反撃の狼煙(のろし)を上げていた。
8回裏に2点を勝ち越されて迎えた9回表。前の回に守備から出場していた野間が打席に立つ。
「絶対出てやる、その気持ちだけでした」
後日そう言葉を吐いた。
巨人のライアン・クックの初球をたたいた打球は高く弾み、サードの頭上を越えた。一塁上で感情を解放した野間の咆哮(ほうこう)は、まるで自分の縄張りを主張して哮える肉食動物のように、自分の定位置を奪い返そうする獣のようだった。
その姿は、野間の気持ちが痛いほど分かっていたチームメイトの士気を上げ、逆転劇につなげた。
だが、その後もスタメン落ちを味わった。4月19、29日、そして1番に固定された5月以降も11日のDeNA戦でスタメンから外された。
このDeNA戦では、7回に巡ってきた打席でライト線に運び、トップスピードに乗った走りで三塁へ滑り込み、あの日のように塁上で吼えた。
野間の能力を誰よりも高く評価しているのは首脳陣。「まだ自分の形もわかっていない」と東出輝裕打撃コーチは無限の可能性を感じている。いわば野間はまだ、「眠れる獅子」。期待が大きいゆえ「もっとできるはず」と感じているのだろう。だから、その才能を目覚めさせようと、あえて厳しい指導と起用で這い上がらせようとしているのかもしれない。
とはいえ、野間のなかには、さまざまな感情が入り交じっているはずだ。それでも負の言葉は飲み込む。
「内容がよくない日が続けば、先発落ちする。控えている選手が(先発で)出てもおかしくない。チーム内でも隙を見せられない」
表現の場はグラウンドであり、プレーと結果でしか自己証明できない。
厳しさだけではない。首脳陣は1番起用が増えた5月、野間に課題を与えた。
「カウントを整えられるようになろう」
野間の持ち味でもある積極打法は1番としてはもろ刃の剣。打てば打線に勢いをつけられるも、早打ちで凡打に終われば相手投手を乗せることになる。初球からストライクを積極的に打ちにいくのではなく、相手バッテリーと駆け引きしながら好球必打を心掛ける。東出、迎祐一郎両打撃コーチから指南を受けながら、1番打者としての心得を学んでいる。時代が平成から令和へと変わった5月、野間も変化を求められた。
月間打率は4月の2割7分4厘から2割6分9厘に落としながらも、4月の4四球から5月は倍以上の10四球を選び、出塁率は3割1分1厘から3割3分6厘に上げた。
また1打席で相手投手に投げさせる球数も増えた。4月は74打席で269球、1打席平均3.6球だったのが、5月は118打席で532球。1打席平均4.5球と1打席で約1球多く投げさせていることになる。試行錯誤しながらも、何とか目に見える成果を上げてきた。
とはいえ、まだ粗削り。1番打者としても、いちプロ野球選手としても、完成型ではない。6月は打率だけでなく、出塁率も数字が伸びない。このまま調子が上向かなければ打順変更だけでなく、再びスタメンから外される可能性すらある。だが、試練に直面したときの咆哮が、新たな姿に進化する号砲。未完の大器ゆえのもろさこそ、野間の最大の魅力かもしれない。(前原淳)
(※引用元 web Sportiva)