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チーム崩壊のピンチを免れたカープ、會澤翼の『残留』がもたらす意義

2019年10月18日

チーム崩壊のピンチを免れたカープ、會澤翼の『残留』がもたらす意義

争奪戦が予想された広島・會澤翼のFA去就だったが、意外にも早く”残留”という形で決着した。広島の精神的支柱である會澤の下した結論に、球団やファンだけでなく、チームメイトも安堵した。

仮に、會澤が移籍していたら、広島は正捕手を失うだけの損失では済まされなかったに違いない。昨年、新井貴浩が引退し、丸佳浩がFAで巨人に移籍した。3連覇の礎となった黒田博樹、新井の復帰から芽生えた、広島の伝統の継承者が少なくなることは、チームの弱体化につながりかねない。

広島の伝統を受け継ぐ者は、天才肌でスマートに結果を残すようなタイプではないような気がする。黒田も新井もいわゆる”叩き上げ”で、何度も挫折を味わい、そこから這い上がり地位を築いた。

シーズンが終了したばかりの頃、チーム内では「アツさん(會澤の愛称)がいなくなったらチームはヤバい……」という声が聞かれた。黒田、新井、丸に続き、會澤まで失うと、再び低迷期に入ってしまうのではないか—-。そんな危機感がチーム内に漂っていた。

“會澤残留”は、近い将来だけでなく、長期的な視点から見ても、広島にとって大きな意味を持つ。チームの骨格を担える人材はそういないが、會澤は間違いなくそのひとりである。

2006年秋、會澤は高校生ドラフト3位で広島から指名を受けた。1位は、現在メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースで活躍するPL学園の前田健太だった。すでに前田は全国区で、スター性も併せ持つ将来のエース候補。それに対し會澤は、甲子園出場もない無名選手。そのためか「目立ってなんぼ」と、新人選手入団会見では、あごひげを蓄え、気合いの入った学生服で登壇した。

プロとしての第一歩は衝撃的だったが、実戦デビューもまた衝撃的だった。2007年5月2日、ウエスタンリーグのサーパス(オリックス)戦で、先発・近藤一樹(現ヤクルト)の完全試合目前の9回二死から代打で登場すると、カウント2-2からの5球目に頭部へ死球を受けた。そのまま會澤は救急車で運ばれ、近藤は危険球退場となり、大記録は潰えた。

アマチュア時代は無名の存在だった會澤だったが、プロでは1年目から首脳陣の評価は高かった。二軍とはいえ、高卒1年目で打率.273をマークし、本塁打も放った。1年目の一軍昇格はならなかったが、2年目の春季キャンプで、ブラウン監督(当時)は會澤を一軍に昇格させようとした。ところが合流前日、守備練習でフェンスに激突し、左肩を亜脱臼。離脱を余儀なくされただけでなく、もともと脱臼癖があったため手術を決意。結局、2年目のシーズンは一軍デビューどころか、二軍のグラウンドにも立つことができなかった。

それでも、會澤の心が折れることはなかった。3年目の2009年は、前年幻に終わった春季キャンプで一軍合流を果たし、5月には一軍デビュー。初安打も記録した。

ただ、当時の広島の捕手には石原慶幸、倉義和という2枚看板が君臨しており、會澤の前に大きく立ちはだかった。2012年は持ち前の打力を生かすため、外野に挑戦。「1番・ライト」でスタメン出場したこともあった。

その後も一軍での出場機会を増やしていった會澤だが、打力だけでなく捕手としての成長を買われての起用だった。先輩捕手の配球をメモし、何度も映像を見て研究を重ねた。捕手として、自分の色を押し出すタイプではなく、投手の特長を引き出すタイプ。なにより大事にするのは、投手陣とのコミュニケーションだ。

投手に頻繁に声をかけ、観察する。たとえ短い会話でも、表情や声のトーン、発し方などから性格や感情を読み取る。キャリアを積み重ね、広島投手陣を知ることで、捕手としての深みも増していった。

2015年に、これまで背中を追い続けた石原の出場試合数を初めて上回り、2017年からは3年連続でシーズン100試合以上に出場。シーズン3度目の2ケタ本塁打、2年連続2ケタ本塁打は、いずれも広島の捕手としては史上初だった。

2018年には小窪哲也前選手会長や新井、石原らの推薦を受けて、選手会長に就任。黒田、新井がチームに植えつけた新たな伝統を重んじ、”一体感”をテーマに掲げ、チームを3連覇に導いた。バッテリーを組んだ黒田や、グラウンド内外で多くの時間を過ごした新井から学んだことは数えきれない。

上位争いが佳境となった今シーズンの最終盤、満身創痍のなか、會澤はグラウンドに立ち続けた。もともと体は強いほうじゃない。正捕手として身を挺して本塁を守ってきた証であるアザは1つや2つではない。それでも「死にもの狂いでやる」と、最後まで先頭に立ってチームを引っ張った。

広島の伝統は、新井が「家族」と表現した一体感だけではない。チームプレーの精神であり、自己犠牲であり、全力を尽くす姿勢であり、そして凡事徹底—-。

今年、巨人の優勝に貢献した丸の野球に取り組む姿勢、打席での思考、結果への探求心は広島で学んだものだ。それが巨人の若手の見本になったのは間違いない。当たり前のことを当たり前にやり続けることは、簡単なようで難しい。優勝争いができる戦力を擁しながら、Bクラスに終わった広島にとっては、あらためて”伝統継承者”の存在の重要性を感じさせられたことだろう。

昨年、丸との交渉では提示金額の報道ばかり先行したことで、球団の慰留姿勢も尻すぼみした印象がある。その反省からか、今年はFA選手との交渉内容を黙秘し続ける。會澤との交渉も、鈴木清明球団本部長は「途中経過は言いません」と、最後まで口を閉ざした。

FA権は選手が取得した権利であり、誰だって他球団からの評価を聞いてみたいと思うのは当然だ。実際、現代野球に求められる”打てる捕手”として、侍ジャパンにも選出された會澤の他球団からの評価は高かった。もちろん、そのことは會澤の耳にも入っていたはずだ。それでも早期決着したのは、「あまり悩むのは好きじゃない」と語る會澤の男気だった。

「今年Bクラスになって、この悔しさを晴らすのはどこかって思った時に、他球団じゃないなって……」

球団の伝統は、選手たちによって受け継がれるものであり、よき伝統がしっかり受け継がれているチームは安定感がある。4年ぶりBクラスに甘んじた広島だが、會澤翼という大黒柱とともに再出発を切ることができる。背番号27に課せられた使命は重い。(前原淳)

(※引用元 web Sportiva

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