今オフの広島の来季へ向けた補強の動きは早かった。例年のようにFA市場に参戦はしなかったが、10月25日にDJ・ジョンソン投手の獲得を発表すると、11月2日に新外国人野手のホセ・ピレラ外野手の獲得。12月1日にはテイラー・スコット投手の獲得で、年越しを待たずに外国人の補強にめどを立てた。
12月9日には、広島市内のホテルで育成3選手を含めた新人9選手が入団発表会見を行った。注目のドラフト1位、明大の森下暢仁投手を始め、投手、捕手、野手。さらに即戦力、素材型と、バランスのいい指名となった。
佐々岡真司監督が「完璧」と振り返ったドラフトが終わってしばらく、広島球団から育成契約だった大盛穂(おおもり・みのる)の支配下選手登録が発表された。
野手がそろう中での支配下登録
「広島東洋カープに入団してから支配下登録されることを最初の目標にしていたので、大変嬉しく思います。(中略)本当のプロ野球選手としてのスタートラインに立つことが出来ましたので、自分の持ち味をどんどんアピールして、一軍の舞台で活躍できるように頑張ります。そしてお世話になった方々に恩返ししたいです。引き続き、温かいご声援の程よろしくお願いします」
新たな門出への意気込みは、ドラフト指名選手の動きが活発な中、決して大きく取り上げられなかった。ただ、すでに人材がそろっていると思われた広島外野陣に枠1つを使ってでも支配下登録した意味は大きい。
不動の右翼レギュラー鈴木誠也に加え、チーム随一の経験を誇る長野久義がいる。さらに俊足と守備力に加え、パンチ力も併せ持つ野間峻祥もいる。打力に勝る一塁兼任で松山竜平もいる。そこにメジャー経験のある新外国人ピレラ、ドラフト2位で即戦力外野手の宇草孔基まで加入。今季中堅のレギュラーに定着した西川龍馬が秋季キャンプで三塁に再挑戦させられるだけの陣容がそろっている。
今年、戦力外になった選手たちから聞かれた言葉は「一軍で勝負する武器がなかった」だった。プロの世界では一芸に秀でることが求められる。
チーム最多の109試合出場
ただ、来季の広島外野陣の中で一軍で試合に出るためには一芸があっても厳しい競争が待っている。
レギュラー陣には平均以上の打撃が求められ、プラスアルファの色が求められる。走力なのか、守備なのか、パワーなのか、それとも経験か。今の時代に求められる「イノベーション」は、プロ野球界でのし上がるためにも必要なことなのかもしれない。
大盛には足という武器がある。広島野球に欠かせない要素で、1年目からファームでチーム最多109試合に出場することもできた。
足だけで積み重ねた数字ではない。5月6日までは打率1割台に低迷していた。
「苦手なコースを徹底的に突かれて、意識していたら打てていたところも打てなくなっていった」
決してレベルが高いといえない大学時代から一気にランクアップしたプロの壁は想像よりも高かった。
乗り越えるために、考え、練習し、乗り越えてきた。大野練習場の場長は、毎晩のようにバットを振り込む大盛の姿を見ていた。
大盛はいわば「考える足」である
アマチュア時代もそうだった。飛龍高から静岡産業大学へ進学した。チームは決して強くなかったが、野球に対しての貪欲さを失ったことはない。静岡産業大では、監督交代もあって、主将となった大学4年時に監督代わりを務めた。
チーム状況や長所と短所、時期などを合わせて必要なものを考え、練習メニューを組んできた。自然と周囲を見て冷静に判断する能力が備わり、自分自身もより客観視できるようになった。
哲学者ブレーズ・パスカルは『パンセ』の中で「人間は考える葦である」という言葉を残した。「人間は、自然のうちで最も弱い1本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である」と。人間の自然の中における存在としてのか弱さと、思考する存在としての偉大さを言い表したものだ。
大盛はいわば「考える足」。まだ広島球団だけでなく、プロ野球界でか弱い存在に過ぎない。だが、考える力を育んできた。考える力が備わっている人は、前に進める。思考力は行動力と比例する。
信念を曲げず「強い気持ち」で取り組んできたからこそ、道が開けた。大学からの進路がすぐに決まったわけじゃない。社会人野球へ進もうにも、セレクションを兼ねた練習会参加を重ねても内定をもらうことができなかった。わずかな可能性にかけたプロ志望届で開けた道を自ら切り開いてきた。
まだ、体の線は細い。でも……
昨年ドラフトで広島から育成指名を受け「育成からでも這い上がっている人は這い上がっている。そういう人たちって、人間としても尊敬できる人だと思うので、そういう人になれるように頑張りたい」と、プロ入りしてもおごらなかった。
「自分が一番下だということは分かっているので、やるしかない」
ただ前だけを見て一歩一歩、歩みを進めてきた。
第一目標としていた支配下選手登録を1年目シーズン終了後に達成した。だが、まだゴールではない。オフはすでに、かつて金本知憲氏や新井貴浩氏ら広島OBも通った広島市内のジムに通い、肉体強化の日々を過ごしている。まだまだほかの選手と比べても、体の線は細い。筋力強化だけでなく、同じジムに通う一軍経験者と話し、意見交換することで考える力も蓄えられていく。ウエートトレーニングによる筋肉量の増加だけでなく、1日1日が来季以降の血肉となっていることだろう。
今オフの隠れた補強選手は、個性派ぞろいの強力広島外野陣に立ち向かう準備を着々と進めている。
(※引用元 Number Web)