一度は戦力外が決まっていたところから、這い上がった男がいる。現在は西武の二軍打撃コーチを務める嶋重宣である。
1994年のドラフト2位で投手として広島に入団。99年から野手に転向し、2002年にウエスタン・リーグの最高出塁率のタイトルを取ったものの、03年までの5年間、レギュラーに定着できなかった。致命的だったのは、内角を苦手にしていたこと。腰痛も抱えており、すぐに離脱する選手というレッテルを貼られ、他のコーチ陣から「もう厳しい」と、みられていた。
私は02年まで巨人の打撃コーチだったため、それまで嶋との接点はなかった。初めて指導したのは、広島の一軍打撃コーチに復帰した03年の秋季練習だった。嶋はその年、一軍で2打席に立っただけで9年目を終えていて、球団は戦力外を通告しようとしていた。とはいえ、打撃練習を見ていると、ボールに対していいコンタクトをしている。秋季練習で27歳の嶋と成長が期待される若手を比べた時、まだ力の差があった。嶋はまだやれると感じた。
■「先入観を持たないでフラットな目で見る」
球団は戦力外の前にトレードを考えていたという。それでも「2、3年前ならトレードできたんだけど、今年は欲しいという球団が出てこない。嶋を解雇しようと思うんだが……」と聞かされた。
意見を求められた私は「あと1年でいいので、なんとか嶋を置いてもらえませんか? その代わり、打撃については全部任せてください」とお願いし、了承された。一度は決まったクビが覆ったことになる。面白くない首脳陣もいたはずだ。実際、あるコーチに「お手並み拝見」と言われ、闘志に火がついた。嶋にはこう告げた。
「オレはおまえを知らないから、先入観を持たないでフラットな目で見る。一度クビになったようなもんだ。失うものは何もないだろ。来年1年だけだぞ。オレはおまえの体調なんか気にしない。もし腰が壊れたら、そこで終わるぐらいの気持ちで死に物狂いでやってみろ。壊れてもいいつもりで、どんどんバットを振らせるからな」
二軍では3割打てても、一軍では通用しない。原因はいくつもあったが、内角を意識するあまり、開きが早く、かかと重心になっていたことが気になった。まず、重心を爪先側にかけられる練習を考えた。ティー打撃の際、通常の斜め前方からではなく、真横からトスを投げたり、内角に緩いカーブを投げて、それをファウルにしないよう、腰を速く回しながら打たせた。打撃コーチの仕事は、いかに選手にいいクセをつけさせるか、だと思う。
秋季練習から翌年の春のキャンプでも好調をキープしたが、オープン戦終盤の2試合で無安打。内容が悪く、控えに回ることになった。この世界は一度レギュラーから外されると、出場機会を取り戻すのは難しい。そんな嶋が再びチャンスを得る「追い風」が吹くことになる。(内田順三/前巨人巡回打撃コーチ)
(※引用元 日刊ゲンダイ)