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10年前の奇跡――谷の『木村拓也魂』弾、高橋建によぎった「引退」

2020年4月24日

10年前の奇跡/谷の『木村拓也魂』弾、高橋建によぎった「引退」

ちょうど10年前の2010年4月24日。巨人―広島戦(東京ドーム)で奇跡の場面に遭遇した。同7日に37歳で急逝した巨人・木村拓也内野守備走塁コーチの追悼試合。両軍選手が喪章を着けて天国に思いをはせながらプレーし、ファンも心の底から声援を送った。主役となった当時巨人の谷佳知氏(当時37=現野球評論家)と脇役となった広島の高橋建氏(当時41=現阪神2軍投手コーチ)。取材ノートをひもとき、2人の因縁を記す。(山田忠範)

UFOや超常現象など科学的根拠のないものは信じない。でも、42年の人生で一日だけ例外がある。ちょうど10年が経過した今も思う。あれは神様が用意した舞台だった、と。2010年4月24日。東京ドームで行われた木村コーチの追悼試合は、記者人生で最も思い出深い一ページだ。

劇的な決勝弾が生まれたのは巨人が1点ビハインドの8回。1死満塁で谷がコールされた。木村コーチとは同学年で04年のアテネ五輪でも盟友。当時は書けなかったが、ベンチスタートだった谷の胸中は荒れていた。「この試合に出んかったら、いつ出んねん…」。そんな男に最高の舞台が整い、当時の原監督も絶好のタイミングで代打を送った。カウント2―1から外寄り高めの直球をフルスイング。打球は左中間席に消えた。通算1928安打のヒットメーカーのキャリア唯一となる満塁弾。オリックスに入団したプロ1年目の97年に当時の仰木監督から「ヒットを打ったぐらいで喜ぶな。おまえはそんな選手じゃない」と注意されてからグラウンドでの感情を消した男が、天に向かって両手を突き上げ、お立ち台では号泣した。

一方、木村コーチが95年から06年途中まで在籍した古巣の広島ナインも「拓也のために」と一丸で勝利を目指していた。木村コーチが投手以外の全ポジションを守るユーティリティー選手の地位を確立できたのは広島での猛練習のたまもの。そんな努力を知る広島ファンも声をからして応援していた。決勝弾を浴びたのはメジャー帰りのベテラン左腕・高橋。ポジションは違えど3歳下の木村コーチを弟のように可愛がっていた。同年は開幕から好調。少し高めには浮いたが、思いを込めた直球は球威も十分で当時の谷も「バットの先だったし、打った瞬間は浅い外野フライだと思った」と振り返ったほどだ。高橋はこの一発を境に調子を崩して6月下旬に2軍落ち。同年限りで引退した。

取材ノートには後日談も記されている。翌年4月14日、谷は広島遠征中に木村コーチの御用達だった焼き肉店を訪れ、残された夫人と3人の子供を招待。すると解説者に転身したばかりの高橋も偶然居合わせた。恐縮する谷に高橋が驚きの言葉を掛ける。「実は、あの一発で“引退かな”と思ったんだよ」。天国に思いをはせて全身全霊の力勝負をささげた2人が1年後に再会し、こんな会話を交わす。偶然とは思えない。

あれから10年。生きていたら、どんなコーチになっていたか…。ヒントを求め、少し取材ノートの時間をさかのぼってみる。日付はキャンプインの10年2月1日。指導者初日だ。おそらく質問は「どんなコーチになりたいか?」だろう。

「俺は選手がベンチからグラウンドに出る時、背中を押してあげられるようなコーチになりたいんだよな」

コメントの冒頭には赤いペンで「×」の印がある。記者時代、記事にすることを止められた際に付けていたマークだ。思い出した。言われた言葉は「俺が一人前になるまで書くなよ。恥ずかしいから」。ノックバットを手に照れ笑いを浮かべていた姿は、心のフィルムに焼き付けてある。

《長男・恒希くんが始球式》2010年4月24日の追悼試合 巨人・木村コーチは4月2日の広島戦前のシートノック中にくも膜下出血で倒れ、同7日に死去。同24日の古巣でもある広島戦(東京ドーム)が追悼試合として行われた。午前中には都内で「お別れの会」も開かれ、原監督が弔辞で号泣。試合前の始球式は木村コーチの当時10歳の長男・恒希くんが務めた。試合は2―3の8回1死満塁で代打・谷が左中間に逆転の決勝グランドスラム。谷はお立ち台で「今日はタクの日。勝ちたいと思っていた…」と話して号泣。その後に記念球とバットを恒希くんに手渡した。

【記者フリートーク】おそらく自分は生前の木村さんと最後に会話した記者だ。くも膜下出血で倒れたのは試合前のシートノック中。その約30分前にチーム練習が終了した。選手も報道陣もグラウンドからいったん撤収。その際にベンチ裏まで木村さんにぶら下がり、二塁付近で山口(現2軍投手コーチ)ら中継ぎ陣に走塁指導を行っていたことについてコメントを求めた。すると忙しい時間帯でもあったからか、少しムッとした表情で返された。「先発でも中継ぎでも9番目の野手。だから走塁練習も当然だろ」。これが取材ノートに書き留めた木村さんの最後の言葉となり、翌日に言おうと思った「昨日は忙しいところすみませんでした」という謝罪の言葉も伝えることはできなくなった。

(※引用元 スポニチアネックス

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