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3連覇は黒田博樹の帰還から…緊張感を与えてくれる、最高の『見本』

2020年5月14日

3連覇は黒田博樹の帰還から…緊張感を与えてくれる、最高の『見本』

あれだけ待ちわびた景色も、直視できないほどの感情だったのだろう。

歓喜の胴上げで、黒田博樹は両手で帽子のつばをグッと握り、顔を隠していた。広島が25年ぶりの優勝を決めた2016年9月10日、東京ドーム。緒方孝市監督(当時)の胴上げ直後、後輩たちに促されるように黒田が宙を舞った。

涙を流す数時間前、黒田は怒りをあらわにしていた。

4回表、逆転を許した巨人先発のマイルズ・マイコラスが安部友裕にこの試合2つ目の死球を投じた直後だった。三塁側ベンチ前で両手を広げ、マウンドの助っ人右腕に叫んだ。米国では報復されるであろう投球に、黙ってはいられなかった。目の前の一戦にすべてをかけて闘う姿勢、集中力、執念……。側で同じように両手を広げて抗議した新井貴浩とともに、広島の歴史を変えた試合で見せた姿は、今も広島を象徴するものとして根付いている。

先輩、後輩ではなく、戦う仲間

黒田が復帰したばかりの2015年2月。春季キャンプやマツダスタジアムで、すぐに背番号15の姿は見つけられた。多くの報道陣を引き連れ、個別調整が許されていたこともあった。

だがそれ以上に、まだチームメートとの距離感を感じた。前年まで米大リーグで5年連続2桁勝利という実力。世界的人気や注目度。「男気」という言葉も独り歩きし、黒田はまだ「KURODA」だった印象があった。

ただ、実像は違った。周りが一歩引くなら、自ら一段降りるように歩み寄った。チームメートや裏方にいたずらをして笑い、次第にいじられるようになった。

「プロ野球選手として良く扱われるのは今だけ。そこでの立ち居振る舞いが大切だと思っている。こっちに帰ってきて先輩、後輩というのはない。同じ1つの目標に向かって戦っていく仲間。この年齢になれば関係ない」

登板前日を除けば、取材も断らない。登板日から離れた取材なら、冗談も交え笑わせた。

ロッカールームで見たジーター

黒田は変わったのではなく、2007年までと変わらなかったのだ。海を渡る2007年までも、チームの和を大事にしていた。思うようにいかない当時は絶対的な自信を持てていなかったかもしれないが、米国で確信に変わった。ヤンキース時代に目の当たりにした光景がある。

初めてロッカールームに入った日、マイナーから昇格したばかりの若手選手に気さくに声をかける名選手デレク・ジーターがいた。

自分の理想とする姿が、米大リーグの名門の伝統として息づいていた。復帰した広島では7年というブランクが距離感を生んだが、埋めたのは黒田自身だった。大瀬良大地にツーシームの握りを教え、福井優也(現・楽天)にはマウンド上の心構えを説いた。復帰2年目の2016年には若手にも声をかけた。その姿は、あの日見たジーターのようだった。

気付けばグラウンドでもすぐに背番号15を見つけられるようになっていた。

マウンドへの責任感

高校時代は控え投手で、プロ入り後も苦しんだ。初めて2桁勝利を挙げたのは入団6年目。超一流でありながら、非エリート。ときに自身の失敗談を交えながら話す。冗談も言う。黒田は耳ではなく、心に響くような言葉を持っていた。

それだけの言葉を口にするからこそ、言葉に責任を持つ。

「いつ壊れてもいい、いつやめてもいいと思ってマウンドに上がっている」

復帰当初から口にしていた言葉に嘘はなかった。任されたマウンドへの責任感は周囲も驚くほどだった。登板2日前には球団スタッフも近寄りがたいオーラを放ち、登板前日は取材NG。登板日は同じルーティンでマウンドに上がった。

2015年オフに引退の2文字も選択肢にあったように、2016年は満身創痍だった。

2009年に右側頭部に打球を受けた後遺症からシーズン終盤は、セットポジションから一塁走者を目視することもできなかったという。ほかにも慢性的な肩痛や首痛などに悩まされた。

それでも弱みは隠し、マウンドに立ち、闘い続けた。

カープに今も残る黒田イズム

その姿勢はチームメートに影響を与えた。

「黒田さんがあれだけやっているのだから、僕たちもやらないわけにはいかない」

後輩たちにとっては緊張感を与えてくれる、最高の見本だった。

広島が2016年から2018年まで3連覇という輝かしい戦績を残した中、黒田が優勝チームにいたのは2016年の1年だけだ。それでも今も黒田イズムは残る。

登板直前にベンチ入りした選手や首脳陣、裏方とのグータッチはクリス・ジョンソンや野村祐輔が受け継いでいる。自分の理想ばかりを追うのではなく「その日のベストを尽くす」姿勢は投手陣に浸透した。シーズンオフになれば、今も広島の選手と食事をする。

広島と黒田の物語は、復帰から引退までの第2章に幕を下ろしても、今もまだ第3章として続いているのかもしれない。

(※引用元 Number Web

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