
プロ野球12球団の契約更改交渉は着々と進み、銭闘が続いている。最近では下交渉する球団が多く、珍要求はあまり多くなくなっているが、11月26日にはヤクルトの丸山和郁が、ファーム施設が埼玉県戸田市から茨城県守谷市に移転することを踏まえ、2軍選手への交通費の支給を球団側に要求した。
スポーツ紙遊軍記者が言う。
「確かに年俸の低いファームの選手には痛手かもしれません。例えば守谷から巨人ファームと試合をするために読売ランドまで行くには、電車で片道1200円以上かかる。DeNAと試合をするために横須賀に行くには片道2000円ほどで、もっと持ち出すことになる。確かに活躍して年俸を上げればいいんですが、チリツモですから。痛いですよね」
これなどはチームメイト思いの真面目な要求だが、最近はこの手の話が多い。ところが、過去には周囲を爆笑の渦に巻き込む契約更改交渉があったことを知っているだろうか。その主こそ「ホラ吹き達川」と呼ばれた広島の正捕手・達川光男氏だ。
広島が日本一になった1984年オフに1060万円から2000万円で契約を更改したが、実は球団の提示は1800万円だったという。当時、広島担当記者だったマスコミ関係者が回顧する。
「確か2000万円になったと大喜びしていた記憶があるんですが、実はそれには裏があったんですよ。その真相が本人の口から語られたのは1年後。衝撃的でした」
実はこの交渉の席では球団、達川氏双方とも折れず、膠着状態が続いていた。そこで達川氏は、思わぬ行動に出る。上着のポケットから帯封付きの100万円の札束2個を取り出すと、
「これを払うけ。2000万円にしてくれや」
そう要請したというのだ。この2000万円を球団が受け取ったかどうかはわからないが、達川氏は見事に2000万円プレーヤーの仲間入りを果たすことになる。
達川氏の行動はなにも、見栄から出たものではない。前出のマスコミ関係者によれば、
「同い年の巨人の正捕手・山倉和博への対抗心ですね。達川氏は人気球団の正捕手になった山倉に対し『キャッチャーとして負けていない』という気概があった。だから先に2000万円プレーヤーになった山倉氏への対抗心から、200万円を自ら持参したんだと思います」
かつては激しい銭闘過程が大きな話題になったが、今は金額そのものや契約年数ばかりがクローズアップされる時代になった。達川氏のように奇想天外なパフォーマンス交渉を展開する選手は、なかなか現れないのではないか。(阿部勝彦)
(※引用元 Asagei plus)