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津田の命日に、思い出すこと「いいライバルだった」/川口和久コラム

2021年7月20日

津田の命日に、思い出すこと「いいライバルだった」/川口和久コラム

いいライバルだった

オールスターが近付くと、いつも「ああ、もうすぐ津田の命日だな」と思う。

津田恒実が32歳の若さで息を引き取ったのは、1993年の7月20日だった。俺は家族に呼んでもらって最後に顔も見させてもらった。

ずいぶん前だけど今も忘れられない。

あいつのことは、みんなどのくらい覚えているんだろう。

91年の引退だから、もう30年前になる。

ただ、時々、高校生が座右の銘に「弱気は最大の敵」と言っているのを聞いて、うれしく思う。

あいつは、この言葉を胸にマウンドで鬼の形相になった。あいつの魂みたいなものが、球界のどこかで、もしかしたら津田の名前も知らない若い球児たちの間でも語り継がれている。

俺は1981年広島にドラフト1位で入って、あいつは1年後のドラフト1位かな。協和発酵から入ってきて、すごく球が速いと聞いていた。

当時、速球派と言えば、中日の小松辰雄だったが、津田の球も負けずと速かった。ただ、球道はまったく違う。津田の球はスピン量が多く、浮き上がるような球で、小松はミット音がドスンと重く響く球だ。

あいつが先発だった時代、俺たちはいいライバルだった。あいつが勝てば、俺もとなったし、あいつもそうだったと思う。ただ、グラウンド外ではかわいい後輩。ひょうきんで、優しくてね。

そう言えば、この間、一緒にアメリカの教育リーグに行ったときの写真がいっぱい出てきた。一緒に街を歩いたり、ご飯を食べたり、野球以外の楽しい思い出はたくさんある。

津田は真っすぐがメーンで、あとはスライダーくらいと球種が少なかったのもあって、途中から抑えになったが、これが合っていた。気迫を前面に出し、真っすぐでドンドン押して一時代を築いた。

カープファンにも愛され、津田が出ただけでスタンドが盛り上がった。

大魔神・佐々木主浩(横浜)みたいに完璧に抑えたわけじゃない。

抑えるときも、打たれるときも派手で壮絶だった。魂を込めて投げるというのは、津田みたいなピッチャーのことなんだろう。

俺にとっても、ファンにとっても、心に残る素晴らしい選手だった。(写真=BBM)

(※引用元 週刊ベースボール

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