機密漏洩でも就職活動でもなかったが
プロ野球DeNAの石井琢朗チーフ打撃コーチ(53)が、10月14、15日に行われた広島とのクライマックスシリーズ(CA)中に取ったとされる行動が波紋を呼んでいる。広島、DeNA両球団の関係者によると、このCSを前に石井コーチは、松田元オーナー(72)をはじめとする広島の球団幹部を訪ねたというのだ。石井コーチは2008年オフ、横浜で引退勧告を受けたものの拒否して広島に移籍し、12年限りで引退。13~17年はコーチを務めた。ひとかたならぬ恩義を感じているオーナーへの“表敬訪問”ということか。もちろん、他チームの関係者に会うこと自体に問題はないのだが、セ・リーグ3位からの下克上へ、のるかそるかの大一番を前にしたタイミングだったことを疑問視する声が相次いだ。
石井コーチと既知の広島のチーム関係者は皮肉まじりに語る。
「琢朗さんは、やっぱり立ち回りがうまいですよ。開幕前とかなら分かりますが、負ければ終わりのCSが今から始まるという時に、敵の関係者にご機嫌伺いですから。敵とは選手同士でも会話しなかった世代の人。話の中身はともかく、この事実だけでDeNAの選手たちは士気が上がらなかったんじゃないですか」
この“密会”疑惑の事実関係について両球団に質すと、広島東洋カープは「お答えすることは特にございません」と回答。一方、横浜DeNAベイスターズからは「石井琢朗チーフ打撃コーチに事実確認したところ、松田オーナーには会っておらず、広島球団の関係者にシーズン最後の挨拶をしたとのことです。なお、広島球団に限らず、これまで在籍した球団の方にもシーズン最後には挨拶をしているということでした」との回答が寄せられた。
プロ野球界ではシーズンも終盤になると、来季の契約が危ういとされるコーチがグラウンド上で他球団関係者と話し込む姿をよく見かけるようになる。その多くは情報交換に過ぎないかもしれないが、中には相手チームの監督や球団幹部に、直接採用を売り込む“猛者”も。選手たちはこのようなコーチの行為には敏感で、石井コーチと同学年の宮本慎也氏(野球評論家)はヤクルトの現役時代に強い嫌悪感を覚えたそうで、こうしたコーチに成り下がらないために「選手の時に蓄えないといけない」と固く決意するほどだった。
石井コーチは来季もDeNAでコーチ契約する。既に広島とのCSの時にはその方向性は固まっていたという。DeNA球団関係者は「仮に松田さんと会っていたとしても自分の就職活動のためとか、チーム機密漏洩とかだったとは思わない。今後困ったことがあったときに助けてもらえるよう、いい関係を保っておきたい程度のことだったとは思う。ただ、これからポストシーズンでの生き残りを懸けた試合に臨むに当たり、コーチが敵チームの関係者と会うというのはまずかった。コーチも選手とともにその試合に勝つという一つの方向に向いていないと、勝てる試合も勝てない。うちが今季、勝負どころで勝てなかった要因の一つ」と嘆いた。
12球団屈指の強権オーナー
広島の松田オーナーは巨人、中日のようなサラリーマン・オーナーではない。球団内での権限は12球団のオーナーの中でも屈指だ。02年の就任以降、04年の球団再編騒動などの荒波にもまれながら「広島にプロ球団を残す」ことを使命とする剛腕オーナーで、監督人事をはじめ、あらゆることをその一存で決められる。
当然、松田オーナーににらまれれば、広島では仕事を持てない。現役時代に輝かしい実績を残しながら、同オーナーにモノ申したことで、引退後は一度も広島のユニホームに袖を通していない、故衣笠祥雄氏や高橋慶彦氏らはその最たる例だ。
「記者に対しても、たとえ事実だとしても意に沿わない記事を書けば、出入り禁止にする。カープの記事、特にチームと球団の人事の記事は全てオーナーが管理している。独自に情報をつかんだときも、記者は必ずオーナーにお伺いを立てながら記事にしなければならない。こういう球団はほかにない」(遊軍記者)
9年間広島にいた石井コーチも無論、松田オーナーの強権ぶりを間近で見てきた。
「琢朗さんは何が自分にとってメリットなのか、よく分かっていますよ。如才なさはさすがですが、今回ばかりはTPOをわきまえるべきだったんじゃないでしょうか」(前出の広島関係者)
今永、バウアー退団で来季はBクラスの危機?
リーグ3位から日本シリーズに進出した17年の再現を狙ったDeNAはCSで広島に2連敗を喫し、あっけなく終戦となった。3戦目の先発に控えていたトレバー・バウアーにバトンを渡すことさえできなかった。優勝候補に挙げる評論家が多かったシーズンで、期待を裏切るファーストステージ敗退。レギュラーシーズンでも最終戦に負けたことで2位の座を逃すなど、勝負弱さばかりが目立った。
DeNAの直近のリーグ制覇は1998年で、12球団で最も優勝から遠ざかっている。下馬評が高かった今季は開幕にサイ・ヤング賞右腕のバウアーを補強。三浦大輔監督(49)が就任した21年以降、最下位、2位とステップアップし、四半世紀ぶりの頂点への機運は高まっていたのだが……。
さるNPB球団元監督はこう語る。
「今年は優勝しなければいけなかった。投手陣が充実していただけに、絶好のチャンスだった。来年は今永(昇太)がメジャーに行くことが確実で、バウアーも移籍に傾いている。フロントは山崎(福也=オリックス)ら先発投手優先でFA補強を探っているようだが、ライバル球団が多く、獲得の保証はない。補強なしで今永とバウアーに退団されると、来季はAクラス入りもおぼつかない。当分、また勝てなくなるかもしれない。やはり勝つなら今年だった」
三浦監督は今季から複数年契約を結ぶ。年数は明らかになっておらず、来季は進退が懸かるかもしれない。次期監督の有力候補には石井コーチの名が挙がっている。この元監督の「そんな立場に置かれている人がチームに悪影響を与えかねない行動を取ることは慎むべきだった」との言葉を、同コーチはどう受け止めるのか――。
(※引用元 デイリー新潮)