リーグ4連覇を目指す広島だが、今季は開幕ダッシュに失敗。一時は借金が8になるなど苦しんだ。それでも徐々に本来の戦いを取り戻し、勝率を5割まで戻した。そんな広島を陰で支える男がいる。”上達屋”を主宰する手塚一志氏だ。
手塚氏はプロアスリートだけではなく、自分の体を理にかなった動きに操る”操育(そういく)”も指導。都内に運動できる工房を2つ持ち、2017年には広島でも開設。さらに今年3月には横浜にも新施設が完成した。
2017年からこの工房に通う大瀬良大地の飛躍もあり、次々とカープの選手が手塚氏のもとを訪れるようになった。今では12人の選手が工房に通っている。新たな使命を担う手塚氏だが、そもそも、最初に手塚氏のもとを訪れた広島の選手は、黒田博樹だった。手塚氏はいま、その黒田から脈々と受け継がれる”カープ魂”を感じ取っている。
―― 昨年オフから、さらに広島の選手が増えたと聞きます。
「大瀬良さんが成績を残してくれたこともあり、周りの選手が『なにをやっているの?』と興味を持たれて、それで紹介いただいたようです。今は12人の選手を担当していますが、もとをたどれば黒田さん、新井(貴浩)さんのおかげだと思っています」
―― それはどういったところから感じられるのでしょうか?
「黒田さん、新井さんには、ラグビーでよく言われている”ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン”の精神に通じるものを感じています。これまでラグビー選手も多く担当してきましたが、不思議とラグビー選手は自分がいいと思ったものをチームメイトに教えるんですよね。それがたとえ自分と同じポジションであっても紹介するんです。ひとり勝ちよりも仲間同士でわかち合う喜びを重んずる集団だと感じていました。だから黒田さん、新井さんと接していて、ラグビー選手と似た気質を感じました。実際、新井さんはトップリーグの選手たちと合同練習したこともありましたが、まったく違和感はなかったですね(笑)」
―― 新井さんはいつから携わってこられたのでしょうか。
「新井さんが36歳の時です。いわば、36歳から操育をやり直したようなものだったんです。(見るようになって)1年を終えたオフに新井さんがボクに言うんです。『手塚さん、僕はヒットを1800本ぐらい打っているんですが、じつはバッティングのことを何もわからずに打ってきたようなものなんです』と。驚きました。今までは『勢いだ』と言うんです。『どうやったら打てるのか、打てないのかがわからなかった。でも今はわかるようになったんです。楽しいね、バッティング』と。それから3年後にMVPを獲られたんですが、操育というプログラムはそういうことが起こるんです」
―― 黒田氏はある雑誌を読んで手塚さんのことを知り、直接連絡されたとうかがいました。
「そうでしたね(笑)。開幕戦の登板を終えた3日後だったと思います。電話をいただいて『(このままでは)ダメだ』と。ただ、すでにシーズンが始まっていたので、大掛かりなことはできません。シーズン中からやりとりさせていただきながらも、その年のオフから本腰を入れて取り組んでいくことになりました」
―― 黒田投手との出会いから、今の広島の選手との深いつながりにつながっていったのですね。
「野球は団体競技でありながら、個人競技の側面もあると思います。投手対打者、ポジション争いも1対1。でも、黒田さんには『オレだけがよければ……』という感覚がありません。あの男気が波及して、みんなのハートに響いていったのだと思います。ここ(広島)に工房をつくろうとなったのも、黒田さんがいたからです。今では多くの後輩たちを担当するようになりましたが、すべての始まりは黒田さんでした」
1球団でこれだけ多くの選手をサポートすることは珍しい。投手・野手に限らず、昨年の大瀬良のような飛躍を遂げる選手の台頭を手塚氏は感じている。なにより、今の時代だからこそ”操育”が必要だと感じている。
―― 12球団のなかでも広島の選手とのつながりが深いように感じます。
「一番はカープ球団の理解の深さがあると思います。先ほども言ったように、我々はコーチやトレーナーとは違います。プロ野球の深い部分での経験はありませんし、体のケアの専門家でもありません。できることは『理にかなったカラダの使い方、操り方をマスターしていただくこと』だけ。そこのところを球団は理解してくれているのだと思います」
―― 大瀬良投手以外に、楽しみな素材だと感じた選手は誰ですか?
「岡田(明丈)さんはフィジカルがすごいですね。びっくりしました。工房で投げてもらったのですが、至近距離で見るとカラダの使い方は暴力的(笑)。あれは腕をスイングさせているのではなく、殴りつけているようにすら感じます」
―― 岡田投手へのアプローチはどのように考えておられますか。
「我々が岡田さんに提供できることは、『毎回同じ場所、同じ方向に安定的にリリースするために必要なことは何かを提示すること』だと思っています。体操で補えると思っています。これから回数を重ねていけば、徐々にカラダの使い方をつかんでいってくれるでしょう。我々は安定感を増すために取り組んでいますが、気がつけば160キロというのも起こりうるんじゃないかと思っています」
―― フォームは千差万別ですが、体の力を最大限に使う術は同じということでしょうか。
「野球だけでなく、どんな競技にしても根っこにあるものは同じであり、理にかなう操作というのは万人に共通しています。ただ、同じ右投手でも大瀬良投手と岡田投手とでは違いますし、投げる球の質も同じではないはずです。そこにその選手の個性があり、温存すべき最大の魅力だと考えています」
―― 左投手では、オープン戦で150キロを計測した中村恭平投手も工房に通われている選手のひとりです。
「左で150キロを出すってすごいことですよね。まだ、そんな人がいたのかと……。プロ野球界は、みなさんが思っている以上にスーパーマンの集まりなんだと思います」
―― 堂林翔太選手ら野手も通っているとうかがいました。
「堂林選手は15回くらい通っていただいて、安定度が増してきたと思います。ただ、投手と野手は違います。投手は自分のパフォーマンスがそのまま結果に直結しやすいポジションですが、打者は自分の動きができていても、試合では投手の球への対応力が求められます。その分、投手より打者のほうが、成果が現れるまで時間がかかるケースがあります」
―― ほかにも、能力を最大限発揮できていなくて「もったいない」と思った選手はいますか。
「ほとんどです。逆に言うと、そうでなければうちに来る必要はないわけです。うちに来る選手は、(持っている能力を発揮し切れていない)もったいない選手ばかり。ただ、才能はすごい。だから持ち味を温存したままでの調律でいいんです。そのなかで、選手には心地よさや喜びを感じでもらえれば……と思っています。それ以上のことはできません。名器を奏でるのは選手たちであり、見る者を感動させるのも選手たちなんです」
―― プロアスリートでも、誰もが正しい体の使い方ができているわけではないのには驚きました。
「昭和世代のプロ野球のレジェンドたちは、下半身の扱い方の重要性をずっとおっしゃってきました。今は昔と比べて、パフォーマンスは確実にスピードアップしていますし、選手のサイズもアップしている。大谷翔平選手(エンゼルス)がいい例でしょう。時代は変わり、上達のための情報が集めやすくなり、大谷選手のようなほぼ完璧なメカニズムを持ちつつも、サイズアップとスピード化が進んだ結果、世界をリードするような日本人選手が出現するまでになりました。ただ、全選手がそうなったのかというと疑問符がつきます。
スポーツパフォーマンスにおいてのうまさとは、全身の連動性であり、運動の効率化のことです。昔はあぜ道や田んぼ道を裸足同然で走るなど、置かれた環境下で自分のカラダをたくみに使いこなしていました。でも、今は交通網が発達して、道路も舗装されるなど、生活様式は大きく変わりました。だから、自分のカラダ、とくに下半身をうまく使うための訓練を経験できずに、サイズだけ大きくなるスポーツ選手が増えています。我々が今やっている操育というプログラムは、ひと昔前なら不要だったかもしれませんが、今は必要な時代になりました。プロアスリートだけでなく、子どもの頃からのカラダの操り方を育む試みが、いろんな競技に通じていくものと考えています」
(※引用元 web Sportiva)