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人生『初』の「無観客」で発見したこと/広島カープ実況アナウンサー

2020年3月20日

人生『初』の「無観客」で発見したこと/広島カープ実況アナウンサー

試合直前にキャリア28年の音声マンがつぶやいた。「今、球場の外に子供さんがいませんか?」。聞けば、無観客のオープン戦、いつもの歓声がないスタジアムでは、集音マイクが球場外で遊ぶ子供の声を拾っていたのだという。

実況生活20年、私も無観客での中継は初めてだった。打球音、選手の声、まさに息遣いを届けようと意気込んでいたが、音声マンの耳は、それを遥かに上回っていた。「レフトの向こうを走る電車の音も聞こえますね。ステレオ放送で聴けば、電車が上りか下りかも音の違いでわかるはずです。あと、風向きです。一塁側のマイクが山からの風を受けているのがわかります」。

3月15日、カープ対ホークスのオープン戦、私にとって2020年最初の実況であった。「無観客」。過度に意識してしまいがちな三文字だが、大丈夫、きちんと緊張できた。球場に到着するといつも目に入る行列もなければ喧噪もなかった。しかし、通路に積まれた中継機材を目にし、スタメン表を受け取り、選手の円陣を凝視すれば、いつもの緊張感が戻ってきた。

音は実に多くの情報をもたらしてくれる

試合開始。音は実に多くの情報をもたらしてくれる。ホークスの先発は3年目の尾形崇斗だ。大きな声を出しながら投げ込む150キロのストレートは迫力満点。1回、2アウト1塁で4番・鈴木誠也を迎えると、「おりゃ!」の声とともに力のある球を投げ込んだ。

2回以降、尾形はどんどん状態を上げ、いつしか、「おりゃ!」の掛け声は、「よいしょ!」いうものに変わっていた。4回無失点、それだけではない。音や声が、尻上がりのピッチングを物語っていた。

ファールボールが客席に飛び込んだときにも、驚いた。「ゴツン」という鈍い音に加え、可動式の椅子が反発でグラグラと揺れていた。解説者の天谷宗一郎さんが、つぶやいた。「打球って凄いでしょ。だから、あれを(観客席のファンが)素手で捕りにいくのは本当に危ないことなんです」。

「ファールボールにご注意下さい」。定型のアナウンスを超えた説得力が、「ゴツン」という音にはあった。

実況は「球場の空気を伝える」ものだと実感

ただ、いつもと違う環境は、実況者泣かせでもある。例えば、アウトカウントだ。何気なく確認していたアウトカウントだが、無観客試合、油断すると、アウトカウントを間違いそうになる。いかに3アウトの大歓声が、実況を助けてくれていたかということだ。

目で確認するのが実況の本筋だが、フェアかファールか、打球がスタンドインしたか否か、外野手がノーバウンドで捕球したかどうか、スタンドの歓声や雰囲気に判断を助けられることもある。あらためて、実況は「ボールを追う」だけでなく、「球場の空気を伝える」ものだと実感した。

もちろん選手の声も耳に入ってきた。6年目の塹江敦哉が154キロをマークしたとき、8年目のムードメーカー上本崇司が四球を選んだとき、ベンチからは彼らを称える声が飛んでいた。そもそも3連覇のときから、カープはそんなチームだった。

進塁打でハイタッチ、ファールで粘って拍手喝采、若手の頑張りを声で後押しする。そんなチームカラーで、切れ目のない攻撃を可能にしてきた。あらためて、この日のベンチの声からもチームカラーの方向性が見えてきた。

寂しくもあるが、受け止めていくしかない

音は、いろんなことを教えてくれる。ゲストのアンガールズ田中卓志さんが椅子の上で正座して試合を見ていたことも、椅子の軋む音で気がつけた。

球場の向こうを小型飛行機が飛んでいた。在来線は新幹線より音を立てて、駅に入っていった。球場近くでは、子供が声をあげて遊んでいることもある。

野球は社会の中にある。野球は人の営みの中にある。だからこそ、この開幕延期だ。寂しくもあるが、受け止めていくしかない。ベテラン音声マンが言った。「無観客試合で大きな経験ができました。音があることを、あらためて知りました。開幕したら生かしたいですね」。

この言葉が真理かもしれない。

ただ、せっかくなのでコツをひとつ紹介したい。ペーパーノイズである。我々は、解説者に話を向け、その間に書面資料を手繰り、その場面に相応しいデータを探すことがある。しかし、無観客試合、それでは自分のマイクが紙をめくる音を大きく拾ってしまう。これでは、リスナーの興がそがれてしまう。ならば、自分が喋っているタイミングで書類をめくった方が、ノイズはマイクに乗りにくい。と、まぁ、本質からは離れた発見もあった。

現時点で開幕の日は見えてこない。しかし、経験を生かすしかない。これは、いかなる役割の人間にも共通して求められることであろう。

(※引用元 文春オンライン

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