「ちょっとかわいそうですよね。甲子園で記録を打ち立ててしまったものだから、どうしても比較対象が清原和博さんや松井秀喜になってしまう。でも私は、中村が清原さんや松井のような十数年にひとりの怪物だとは思っていません」
広島のルーキー・中村奨成のことをクールにそう評したのは、広島の水本勝己二軍監督だ。
中村は昨年夏の甲子園で6本塁打を放ち、清原和博(PL学園)の大会本塁打記録を32年ぶりに塗り替え、一躍注目を集めた。
本塁打だけでなく、打点や塁打数でも選手権の大会記録を更新。高校球史のうえでも屈指の強打者として騒がれたのに加えて、強肩やスピード感溢れる守備も高く評価され、超高校級捕手としてドラフトでは中日との競合の末、地元の広島が引き当てた。
今季が始まってからも、山口県岩国市でスタートした二軍キャンプ初日には1000人を超すファンが押し寄せるなど、中村への注目度は高い。
二軍は第2クールから宮崎・日南入りし、練習内容も本格化。ユニフォームを着て初の屋外バッティングを行なった中村は、「岩国ではできなかったことが、こっちでは長時間できる。ワクワクしながら練習できました。やってやろうという気持ちです」と、疲れを感じさせない力強いコメントを残した。
そんな中村に鋭く目を光らせているのが、冒頭で紹介した水本監督だ。
「これだけ騒がれ、二軍でも多くのお客さんを集めた。勘違いしないように、彼をしっかりコントロールしてあげないと。それに、清原さんや松井、田中将大は入団の段階で一軍レベルの体を備えていた。それに比べて中村は、まだまだ子どもですから」
日南キャンプ初日に行なったフリー打撃では、26スイングでヒット性の当たりは9本。レフトフェンス直撃はあったが、サク越えは1本もなかった。
投手用の防御ネットが倒れるほどの強風アゲインストでのバッティングだったが、内野に落ちるポップフライも多かった。中村自身は「自分のミスショットです」とコメントしたが、タイミングの取り方に苦労しているのは誰の目にも明らかだ。
中村のバッティングを見守った水本監督も、まだ木製バットへの対応に課題があると指摘する。
「高校日本代表にも選ばれていましたが、大会では正捕手ではありませんでしたよね。やはり、他の選手よりも木製バットを扱いきれていなかったことと無関係ではないと思うんです。ポイントの置き方、タイミングの取り方など、覚えなきゃいけないことは山ほどあります」
それでも日南入りして2日目の特打では7本のサク越えを放った。この日はセンターから右方向への打球が多かったが、初日よりも明らかにヒット性の当たりが増え、さすが超高校級と呼ばれるだけの能力の一端が垣間見えた。
特に「ホームランを打てば終わり」という森笠繁コーチの指示を受けた直後の1球で一発クリアしてしまうあたりは、天性の勝負強さを感じさせる。
現在、広島のキャッチャーは1学年上の坂倉将吾が一軍で首脳陣に猛アピールを続けている。中村の入団が坂倉に好影響をもたらしたのでは……という声も多く聞こえてくるが、このことについて水本監督はキッパリとこう否定する。
「坂倉は向上心が強く、1年目から誰よりも上手になりたいとの思いで鍛錬を続けてきました。今の中村は、正直、坂倉の尻に火をつけるほどの存在ではありません。いずれは高いレベルでポジションを争ってほしいと思いますが、今の段階では比ぶべくもないです」
現状、水本監督は中村について「いつ頃までに一軍へ」という見通しすら立っていないと言い切る。
「単純に振る力を比較しても、高卒1年目当時の丸佳浩や鈴木誠也、坂倉の方が上です。でも肩や足のパフォーマンスは、過去に高卒でウチに入ってきた選手のなかでも明らかにトップクラス。この点に関しては、評価が揺らぐことはありません。ひとつ覚えればひとつ忘れる、ということを繰り返しながら成長していくのが高卒ルーキー。だから根気強く、道を踏み外さないようにしっかりと導いていくしかないんですよ」
丸や鈴木ら、高卒ルーキーを猛練習で鍛え上げ、球界を代表する選手へと育て上げた広島だけに、二軍で“中村フィーバー”が起きようが、チームは動じることはない。
水本監督の厳しい言葉のなかにも、伝統の育成に対する絶対的な自信を感じ取ることができる。だからこそ、中村の将来に大きな期待を抱かざるを得ないのだ。(加来慶祐●文 text by Kaku Keisuke)
(※引用元 web Sportiva)