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猛バッシングからの大歓声も、新井貴浩など古巣に戻って輝いた男たち

2022年1月24日

猛バッシングからの大歓声も、新井貴浩など古巣に戻って輝いた男たち

昨年12月9日、DeNAが楽天を戦力外になった藤田一也の獲得を発表した。今季プロ17年目を迎えるベテランにとって、2012年以来の古巣復帰となる。

10年ぶりの古巣で期待されるのは、内野のスーパーサブとしての立ち位置だろう。だが、牧秀悟、森敬斗ら、次代のDeNAを担う若手たちに自身の経験と知識を還元するなど、違った形での貢献も期待される。

現役生活の晩年に古巣に復帰するケースは、今回の藤田に限らず、過去にも例がある。昨シーズンで現役生活に終止符を打った松坂大輔もそのひとりだ。

【古巣で現役を終える幸せ】

2007年から8年間のメジャー生活を終え、2015年から3年契約で年俸総額は12億円という大型契約でソフトバンクに入団した松坂だったが、登板は3シーズンでわずか1試合のみ。契約満了をもって退団し、入団テストを経て中日に移籍した。

中日では移籍初年度の2018年に11試合に登板して6勝4敗の成績を残し、カムバック賞を獲得。しかし、翌年は春季キャンプで右肩を再び故障。後半戦に一軍復帰したものの、登板はわずか2試合に終わり、同年限りで退団となった。

12月に中日からの自由契約が公示されると、その翌日に西武が獲得を発表。2006年以来14年ぶりの古巣復帰にファンは歓喜した。2020年は脊椎内視鏡頸椎手術を受けるなど、一軍登板はなし。2021年も慢性的に悩まされていた右手のしびれ、首の痛みが良化せず、7月に現役引退を発表した。

西武復帰後はケガに苦しみ本来の力を発揮できなかったが、引退試合ではプロ入り時に背負った18番をつけて現役最後のマウンドに上がった。

その松坂を旗印とする、1980年度生まれの「松坂世代」。その世代で2020年にプロのユニフォーム脱いだ野手の渡辺直人も、古巣で現役を終えたひとりだ。

楽天が創設間もない2006年の大学・社会人ドラフト5巡目で指名され、プロに進んだ。1年目から119試合に出場し、遊撃のレギュラーに定着。黎明期の楽天を支えてきたが、2010年オフに金銭トレードで横浜へ移籍。契約更改後の異例のトレードに、ベテランの山﨑武司は疑問をなげかけ、同期入団の嶋基宏が涙を浮かべるなど、大きな波紋を呼んだ。

横浜1年目の2011年は、監督推薦で自身初のオールスター出場を果たすなど、二塁、遊撃で活躍するも、移籍3年目の2013年7月に自身2度目のトレードで、今度は西武に移籍することになる。

西武では中村剛也の守備固めとして三塁を守るなど、持ち前の守備力を発揮したが、2017年の源田壮亮の入団により出場機会が激減。同年オフに戦力外通告を受けるも、自身のキャリアをスタートさせた楽天が獲得。2020年からは打撃コーチを兼任するなどチームを支えたが、この年限りでの現役引退を決意。

9月13日に引退会見を開いた渡辺は「楽天に入団してから、このユニフォームを着て引退することが自分の夢だった」と涙を浮かべながら、古巣への愛着と感謝を述べた。

【戦力として必要とされた福留】

現役晩年に古巣に復帰する場合、純粋な戦力というよりも「功労者に用意する最後の花道」の側面がどうしても強くなる。その流れに一線を画すのが、昨年中日に復帰した福留孝介だろう。

2008年から5年間メジャーでプレーした後、2013年に阪神入団で日本復帰。移籍初年度こそ63試合出場で打率1割台と苦しんだものの、2015年は140試合に出場し、打率.281をマークするなど健在ぶりを示した。

だが2020年は43試合出場にとどまり、10月に来季の構想から外れていると報じられ、12月に退団。非公式での入団交渉の末、同月12日に中日が獲得を発表した。

中日復帰後は、開幕戦の代打で復帰後初出場、交流戦からスタメンに定着し、「3番・DH」で出場した5月29日の日本ハム戦で、4安打を記録するなど存在をアピールした。

福留と同じく、メジャー挑戦後に古巣以外の国内球団に移籍、そして最後に古巣へと舞い戻った選手では、五十嵐亮太の名が挙がる。

五十嵐は、3年間のメジャー挑戦を経て、ソフトバンクで日本球界に復帰。ヤクルト時代からの代名詞とも言える150キロを超える速球だけでなく、独特な軌道のパワーカーブなどの変化球も操り、セットアッパーとして活躍。ソフトバンク移籍2年目の2014年には、63試合登板で44ホールドを記録した。

ソフトバンクで6年プレーしたのち、戦力外通告を受けた。2018年オフの海外自主トレ中にヤクルトから獲得の打診を受け、2019年に復帰。その年、リリーフながら4月に5勝をマークし、月間MVP候補にも挙がるなど、45試合登板で5勝1敗4ホールド、防御率2.98と好成績を挙げた。

2020年も活躍が期待されたが、体のコンディションが最後まで上がらず、現役引退を決意。10月25日に神宮球場で開催された中日戦が引退試合となり、打者ひとりを打ち取り、21年間に及んだ現役生活を締めくくった。

【FA権を行使して古巣に復帰】

ここまで紹介した選手たちは、移籍先から戦力外通告を受け、古巣へと復帰しているが、トレードで他球団に移籍したのち、FA権を取得して古巣に復帰した選手もいる。小久保裕紀や小池正晃が、この事例に該当する。

1994年にダイエーに入団し、中心選手として確固たる地位を築いていた小久保だが、03年のオープン戦で右ひざに重症を負い、その年は海外でのリハビリをメインに過ごした。

ダイエーはその年に日本一となり、小久保はケガを完治させ、翌年の連覇への貢献を期待されていたが、優勝パレードの翌日に巨人へ無償トレードで移籍すると発表された。

球団フロントとの意見の不一致などが原因での移籍と噂されているが、王貞治監督(当時)や主力選手たちがトレードに異論を唱えるなど、異様な雰囲気での移籍となった。

小久保は巨人3年目の2006年に移籍選手では初めてとなる主将に任命されるなど、持ち前のキャプテンシーを発揮したが、同年オフにFA権を行使し、ダイエーの後継であるソフトバンクに出戻った。

2011年にリーグ優勝、日本一を果たし、小久保自身も日本シリーズでMVPを受賞するなど、8年ぶりの栄冠の原動力となった。

小池は、松坂とともに横浜高で1998年の甲子園春夏連覇を達成し、ドラフト6位で地元球団の横浜に入団。

2008年のシーズン途中に、石井裕也との交換トレードで中日に移籍した。移籍4年目の2011年は、交流戦でサヨナラ本塁打を放つなど、勝負強さを発揮しリーグ優勝に貢献。日本シリーズ第1戦でも一発を放った。

同年オフにFA権を行使し、4年ぶりに古巣復帰。DeNAでは思うような成績を残せなかったが、2013年10月に行なわれた引退試合で2本塁打を放ち、有終の美を飾った。

【猛バッシングからの大歓声】

最後に、古巣でドラマチックな最後を迎えた選手として、新井貴浩を紹介したい。

広島工高から駒澤大を経て、1998年ドラフト6位で地元の広島に入団。大学では目立った成績を残せていなかった選手で、今でいう”サプライズ指名”に近いプロ入りだったが、努力を厭わない本人の性格と猛練習で育て上げる広島の環境が噛み合い、4番へと成長。2005年には43本塁打で本塁打王を獲得した。

常々広島への感謝と愛着を口にしていた新井だが、2007年オフにFA権を行使し、阪神への移籍を決断した。移籍発表の記者会見では、涙ながらに「カープが好きだから、辛かったです」などと心情を吐露した。

だが、逆にこれがファンの反感を買ってしまい、移籍後初の広島との対戦では、広島市民球場に詰めかけた広島ファンから強烈なブーイングを受けた。

優勝を意識して阪神に移籍した新井だが、在籍7年間で優勝することはできなかった。そして、2014年オフに規定を上回る大幅減俸の提示、代打での起用が中心となることを伝えられ、阪神退団を決意。当時、右の強打者不在をウィークポイントにしていた広島が獲得に乗り出し、8年ぶりの古巣復帰となった。

新井は、復帰にあたり広島ファンに受け入れられるかが非常に不安だったと引退後に発刊された自著で語っている。だが、2015年の開幕戦で迎えた初打席で、新井を待っていたのは、広島ファンの割れんばかりの大歓声だった。これを受け、新井は「今度は自分がファンを喜ばせたい。絶対に喜ばせる」と決意を新たにしたという。

復帰2年目の2016年の4月26日に、2000本安打を達成。さらに8月2日に通算300号本塁打を放つなど、4番の役割をまっとう。最終的に132試合に出場し、打率.300、19本塁打、101打点の好成績を残し、広島の25年ぶりの優勝に貢献したこの活躍で、史上最年長となる39歳でのリーグMVPを受賞。上記に述べた安打と本塁打の通算記録達成に加え、優勝達成、MVP受賞という最高のシーズンとなった。

そこから2年現役を続け、チームの3連覇を見届け、2018年に引退。愛する古巣で最高の景色を見て、ユニフォームを脱いだのだった。

(※引用元 web Sportiva

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