横浜で20年間、広島で4年間プレーし、通算2432安打を記録した石井は、12年限りで現役を引退。そのまま広島に在籍して3年間、守備走塁コーチを務めた。その間、当然ながら、野手たちの打撃も間近に見ている。そのなかで、各打者に対してどんな思いを抱いていたのだろうか。
「攻撃に関しては、常に守備目線で見ていました。カープの攻撃陣に対して自分が守っていると仮定すると『もう少し、こういう攻撃をしたら嫌なのに。もっと幅の広い攻撃をできるのに』と思うことが何度もあったんです。と同時に、チャンスで打席に入って『なんとしてもヒットで還さなきゃ』っていう気持ちが強すぎるなと。それは全然ダメじゃなくて、いいと思うんです。『よし、オレがここで決めてやる』って意気込んでいくのはいい。でも、なんの根拠もない自信とプラス思考で打席に入ったとしても、何も起きないんで……。常に100点満点を目指す必要はないんですよ」
「100点満点」とはヒット、ホームラン。まさに最高の結果だが、どんな一流打者も必ず打てるとは限らない。むしろ振りにいって三振=0点に終わるケースは少なくない。ならば、プラス思考で最高の結果を求めて打席に立つのではなく、マイナス思考で入る。何も起きないとはなんなのか、一番やってはいけないことはなんなのか、考えて打席に立つことが大事になる。
「同じアウトひとつ取られるにも、簡単に三振する、簡単にポンとフライを上げるんじゃなくて、最低限、自分が何をできるのか。たとえば、一死二塁で、サードゴロではなにも起きない。でも、セカンドゴロならランナーが三塁に進んで、次の打者のときにワンヒットはもちろん暴投で1点を取れるかもしれない。無死満塁だったら、ダブルプレーでも1点が入る。状況によっては、凡打でも点数が入るんだっていうところから、選手たちに説いていきました」
打撃コーチ就任直後の15年オフ、秋季キャンプ。同年はリーグワーストだったチーム三振数を減らすためにも、石井は練習メニューのなかに、あえて”スイング練習”を積極的に組み込んだ。「1日800スイング」を基本に、「三振したら何も起きない」と選手に意識づける意味もあった。一方でミーティングでは、練習で目指すものと試合で実践すべきこと、その違いに関する理解を求めるため、選手には次のような言葉で伝えたという。
「バットマンとして、目指すところは3割という数字。その3割を100点と考えた場合、自分のスキルを上げる練習では100点を目指しなさい。当然、試合でも100点を目指すけれど、試合は”試し合い”と書く字のとおり、練習で取り組んだものを試し、できなければまた練習という繰り返しになる。ただ、試合はゲームでもあり、相手より1点でも多く取れば勝ち。じゃあ、点を取るためにどうすればいいかと考えるとき、漠然と3割という100点を目指さないでほしい。3割だけで1点を取りにいくんじゃなくて、残りの7割の失敗も生かしてプラスして、10割を使って攻撃してほしい。ひとつの凡打、失敗でも、いかにランナーを進めるか、得点にするかというところから考えなさい」
失敗も生かして、10割を使って、成功に近づく――。野球以外のスポーツ、もしくはビジネスにおいても当てはまりそうな考え方だ。そもそも「野球は失敗のスポーツ」といわれる。石井の考え方に基づけば、「野球は失敗を生かすべきスポーツ」と言い換えることができるだろう。ただし、守備の失敗は逆に1点を取られて負けに直結することもあるため、この場合、攻撃上の失敗に限られるわけだが、こうも考えられる。チャンスでの打席、凡打でもいいんだと思えば、楽な気持ちで入れるのではないか。
「気持ち的には楽になると思います。僕は現役のときにそうだったので……。しかも、結果はひとつですけど、状況に応じて過程はいろいろ、方法もたくさんあります。それこそが打席で自信を持てる根拠だと思うんだけど、方法のなかでどれを選択するかは選手次第。内野ゴロでもランナーを進めるのか、犠牲フライを打つのか。あるいは後付でもいいんです。打ち損じが凡打になっちゃって、たまたまランナーが三塁に進んだ。それで三塁ランナーがエラーで還ってきて決勝点になったら、ナイスバッティングなんです。後付けなんだけど、後付けでも全然問題ない。僕はいいと思うんです」
進塁打を筆頭に「凡打でも内容のある凡打を」という教えは、昔から野球界で言われてきたことだ。しかし「後付けでも全然問題ない」とする石井の言葉には、「内容のある凡打じゃなくても構わない」という考え方が透けて見える。言い換えれば、点を取ることへの貪欲さがあふれている。
「試合後のコメントで『ヒット3本じゃ勝てない』とか言う監督もいますけど、そうじゃなくて、ヒットがゼロでも点を取れるのが野球なんです。究極はヒット0本で勝つことでしょうし、僕自身、コーチとして目指しているところはそこなんです。先頭がフォボアールで出て、盗塁して、犠打で三塁に送って、犠牲フライで1点です。だから、ゲームでは3割という100点を目指すだけにならないように。そういう意識を選手が持てたから、アウトもムダにしない、後ろにつなぐ野球ができてきたんだと思います」(※高橋安幸=文、西田泰輔=写真)
(※引用元 web Sportiva)