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松本「もう野球を辞めようと思う」、諦めかけ人生を変えた2人の恩人

2022年9月18日

松本「もう野球を辞めようと思う」、諦めかけ人生を変えた2人の恩人

「もう野球を辞めようと思う」。広島の新人右腕・松本竜也投手(23)が母・美幸さんにそう伝えたのは、プロ野球選手になるちょうど1年前のことだった。このとき、松本の夢を諦め切れない人たちがそばにいなければ、その後に赤いユニホームに袖を通すこともなかっただろう。

ドラフト指名漏れで「野球が楽しくなかった」

智弁学園から3年後のプロ入りを目指してHonda鈴鹿に入社した。ドラフト指名が解禁される入社3年目を迎えると、社会人の有力投手の1人として注目を集めるようになった。ドラフト上位候補と書かれた記事を目にすれば、期待に胸が膨らむのも当然だった。しかし、迎えたドラフト会議当日。高まっていた前評判はどこかに消え、どの球団からも指名されることはなかった。

このとき、ガチャリと音を立てるようにして、やる気のスイッチが切れた。「正直、野球が楽しくなかった」。指名漏れを機に野球を辞めようと考えた。そのことを伝えると、声を荒げて説教をした人がいた。外野手として元近鉄、オリックスでプレーした井戸伸年氏である。

同氏はHonda鈴鹿で打撃コーチを務めていた。「真っすぐは一級品や。自信を持っていい」。出会ったときから、何度も伝えてくれた。入社1年目の都市対抗予選では、変化球を捉えられて敗れた試合もあった。それでも、井戸氏からは責められることなく背中を押された。

「自分の特徴は、ちゃんと分かっとけよ。打たれたのは変化球やろ? お前の武器は直球やからな」

母子家庭で育った松本にとって、井戸氏は「親父みたいな存在」。寮内の湯船に2人で浸かり、ときにはサウナで汗を流しながら、悩みを聞いてもらった。同期入社で高卒だったのは松本のみ。少し年の離れた大人に囲まれて過ごす中、井戸氏は心を許せる数少ない相談相手だった。

「お前はプロに行けるよ」

井戸氏が退社したことで、コーチと選手としての関係は1年で終わった。それでも、松本は同氏の自宅を訪ねるなど2人の絆は変わらなかった。そして、自らを安心させるかのように、事あるごとに尋ねた。

「僕、ほんまにプロに行けるんですかね?」

「大丈夫や。自信持っていけ」

誰よりも潜在能力を理解する井戸氏だからこそ、指名漏れに落ち込み、立ち止まっていることが許せなかった。

「私生活から見直せることもあるんと違うか? 自分からチャンスを手放していないか?」

説教の最後は、いつも通りに励ました。

「指名される瞬間を思って一生懸命頑張りなさい。お前はプロに行けるよ」

相棒と再会し、もう1年だけ夢を追いかけることに

松本の才能をよく知る相棒との再会もあった。智弁学園で女房役だった1学年先輩の岡澤智基捕手がHonda鈴鹿に入社したのだ。「智基さんとなら野球への気持ちを変えられるかもしれない」。バッテリーの再結成を思うと心が躍り、もう1年だけ夢を追いかけてみようと思えた。

グラウンドを離れても2人は常に一緒だった。「不安があれば、全部俺に話してこい」。相談相手が、身近にもう1人増えたのだ。ともに悩み、一緒になって課題に取り組んでいくうちに、野球の楽しさを思い出していった。すると、結果も伴うようになった。

「智基さんは私生活も何から何まで付きっきりでいてくれた。自分の顔色も見ながら、息抜きができているかまで考えてくれた。捕手として先輩として、面倒を見てくれたことが心の支えになりました」

社会人4年目もドラフト直前の評価は上々だった。しかし、1年前の指名漏れを思えば、素直に信じることもできなかった。「去年と一緒やろうな」。ドラフト会議当日は、テレビ中継などの情報を見ないつもりでいた。

「自分のスタイルを貫くんやで」

運命の日を迎えると、女房役の岡澤ら同僚が松本の部屋をノックした。「一緒に見るぞ!」。岡澤は、ドラフト速報を見逃さないようにとスマホにかじりついていた。球を1年間受け続けた相方は、プロでも通用する直球だと確信していたのだ。そして、そのときはやって来た。広島からのドラフト5位指名に真っ先に気付いたのは岡澤だった。そして、2人は抱き合って涙を流した。

涙も乾かぬうちに、もう1人の恩人に連絡を入れた。電話の向こう側では、井戸氏も自分のことのように喜んでいた。

井戸氏は、元プロ野球選手としてプロ入り前に伝えたいことがあった。「自分のスタイルを貫くんやで」。一度は諦めた夢をかなえられたのは、捕手のミットまで一直線に伸びていくような直球を投げられたから。松本は、その球を信じ続けると誓ってプロの世界に飛び込んだ。

いまも教えを忠実に守り、直球を前面に押し出すことで1軍に食らいついている。「僕には、ずっとそばで支えてくれていた人がたくさんいる。そういう人たちへの感謝の気持ちを結果で示したい」。プロ野球選手になりたい――。そんな夢物語を信じてくれる人がそばにいるかどうかで、その人の人生は大きく変わる。(河合洋介)

(※引用元 文春オンライン

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