統計手法を用いてさまざまな視点から野球を分析していく”セイバーメトリクス”。
今回は「守備に注目し」どのように選手の能力を評価していくのか、その最新手法を見ていきます。その結果から、ある選手の突出した守備能力が浮かび上がりました!
「エラーをしない」と「アウトを稼ぐ」はどっち?
野手の守備能力を測る指標として長く用いられてきたのは、「守備率」である。
しかし、個々の選手間の守備力に大きな差があるときは、守備率で守備力を測ることに意義があったかもしれないが、現在では、守備率であらわされる数値には、差がほとんどつかない。
近年、失策や守備率に対する考え方が変化してきた。守備率が高い選手は、守備機会に対する失策の比率が低い選手であるわけだが、そのことが「守備能力の高さ」を反映しているとはいえない。
「失策が少ない選手」が「守備能力の高い選手」と見なせない理由のひとつは、守備率に「守備範囲の広さ」が考慮されていないことである。守備範囲が狭い選手は、打球への捕球動作を行うことなく打球はヒットとして記録され、その選手の守備率に影響を及ぼさない。
逆に守備範囲が広く、届くか届かないかの際どい打球への捕球を試みて失敗した場合、記録員から「失策」と判定されてしまえば守備率は下がってしまう。その打球が「ヒット」であるか「エラー」であるかは、公式記録員の主観によって判定されるのだ。
守備のうまさがアダに! 日本球界の珍事
2021年にその顕著な例が発生した。4月2日に行われたベイスターズ対カープの試合において、桑原将志(まさゆき)の打球を処理しようとした広島の二塁手、菊池涼介が打球を弾いてしまい、そのプレーに対し「失策」が記録された。
ところが「打球が菊池のところに届いたときにはすでに桑原が一塁に到達しようとしていた」として、両球団から失策から安打への記録修正要望書が提出されたのである。
菊池は守備力に定評のある選手で、菊池でなければこの打球にリーチしていないだろうという言説もあり、それが菊池に不利に働いたといえるだろう。
この「失策」によって菊池の二塁手としての守備機会無失策記録が「569」でストップしたというおまけもついたため、この件は大きく報道されることになった。
このように記録員の主観が入るために、守備率は客観的な守備力評価として見なしにくいところがあるのだ。なお、菊池のこのプレーはいまだに「失策」のままで修正はされていない。
「失策が少ない選手」が「守備能力の高い選手」と見なせないさらなる理由は、個々の打球の事情が無視されることにある。主に捕球と送球を行う三塁手と、主に捕球のみの一塁手のどちらも、1つのアウトに対して記録される「刺殺」や「補殺」は1で同様である。だからポジションによっても守備率の基準は異なり、一塁手は概ね9割9分と高い傾向にあるが、三塁手は9割7分あればよいほうといえる。
「どれだけアウトを稼げるか」を測るには
そこでセイバーメトリクスでは「どれだけエラーをしないか」よりも「どれだけアウトを稼げるか」を評価する指標のほうが有益であるという観点に立ち、さまざまな新しい守備指標を生み出してきた。ここからは、そのなかの主な指標について紹介する。ただし守備について完全に客観的な視点で評価するのはとても難しいことであり、どの指標にも一長一短はある。
さきほどの守備率の計算には、「刺殺」「補殺」「失策」のデータがもちいられるが、これだけでは不十分で、守備範囲や打球の質などを考慮に入れて評価する必要があることから、データ解析企業では、細やかなデータを用いた守備指標の開発に努めてきた。
その中でアメリカのSTATS社は、1977年頃から、選手が守備範囲内に飛んできた打球をどれだけ処理できたかを示す指標によってその選手の守備能力を測ろうと試みた。
そのようにして開発された指標の一つが「ZR」(ZoneRating=ゾーンレーティング)である。
ZRは以下のように求められる。
この「受け持ちのゾーン」はどのように決定されるかというと、打球データを解析し、そのポジションの選手が50%以上の確率で処理できる範囲として定義している。
しかしZRには、ゾーン内に飛んできた打球の処理の難易度(ゴロとフライの違いや、打球の速度など)の影響や、守備範囲を超えて処理したファインプレーなどが考慮されていないといった欠点が指摘された。
併殺能力・肩の強さも考慮するには
そこで、ゾーンの難易度やヒットになった場合の影響、さらには内野手であれば併殺能力、外野手なら肩の強さなども考慮に入れて、「平均的な選手よりもどれだけ失点を減らしたか」を示す「UZR」(Ultimate Zone Rating=アルティメットゾーンレーティング)という指標が2001年にミッチェル・リクトマンによって提案された。
UZRは、「独自に取得した「ゾーンデータ」を用いて守備での貢献度を算出」「〈得点に換算した指標〉であり、得点期待値(あるアウトカウント、塁状況から攻撃した場合、そのイニングが終了するまでに何点入るかを示したもの)をベースにしているという特徴」をもち、
という4項目に分解できる構造をしている。
内野手(一塁手、二塁手、三塁手、遊撃手)は守備範囲、失策をしない能力、併殺奪取能力の3項目、外野手(左翼手、中堅手、右翼手)は守備範囲、失策をしない能力、肩の力の3項目で計算している。投手と捕手に関しては別の計算式が用いられ、とくに捕手は盗塁阻止率などを用いた守備での貢献度を算出している。
UZRにおける「ゾーンデータ」の求め方
まず、UZRにおけるゾーンデータはどのように取得されるのかを解説していこう。
ゾーンデータとは「どのような打球がどの位置に飛び、それがどのように処理されたのか」を詳細に表したものである。まず、打球の飛んだゾーンについては、図左上のように、フィールドのフェアゾーンを22の方向と8つの距離に分割したものを用いる。
方向はレフト方向のファールゾーンをBとし、フェアゾーンはCからX、ライト方向のファールゾーンはYと名づける。距離はホームベースに近い方から1、2、3、…、8とし、方向と距離の組み合わせでゾーンを示す。
同じサードゴロでも、三塁手の定位置に近い「D3」で処理したものと、三遊間寄りの「F3」で処理したものとでは、アウトの取りやすさが異なり、チームへの貢献度も異なると考えられる(図右下)。
さらに、打球の質(ゴロ、ライナー、フライ)と打球の強さ(ソフト、ミドル、ハード、バント)が加味されたゾーンデータを取得する。
UZRにおける「守備範囲」の計算方法
ゾーンデータを用いた「守備範囲」を評価基準に入れることによって、野手が積極的に打球を追いかけなかったため「安打」として記録されたプレーと、果敢に捕球しようとしたが失敗して「失策」として記録されたプレーをどちらも「野手が打者に出塁を許したプレー」として扱うことができる。
こうしてZRにおける守備範囲の評価では記録に残らない守備の貢献度を、より厳密に評価しようとしているのだ。
守備範囲の計算方法はかなり煩雑ではあるが、簡単に述べれば「すべてのゾーンにおける『守備範囲ポイント』を計算し、合計する」ということである。
では「守備範囲ポイント」はどのように求められるかというと、以下のような式を用いる。
このうち、ゾーンデータにおける得点価値は、そのゾーンに飛んだ打球がどのような結果になったのかを用いて、プラスプレーは、当該のゾーンデータにおける全打球からヒットを除いた数に、そのゾーンデータにおけるリーグ平均ヒット率をかけて算出している。ヒット率が高いところでヒットにしなければプラスの貢献度を加算するという計算方法である。
一方で、ヒット率が低いところでアウトにしても「アウトにして当然」ということでプラスにはならない。さきほどの図2のF3のゾーンに飛んだゴロのミドル級の打球は、過去のデータより約5割のヒット率となっているので、ここでアウトをとるのは困難であるといえる。
マイナスプレーは、打たれたヒットの数に(1−リーグ平均ヒット率)をかけて、さらにポジションの「責任」を乗じることで算出する。「責任」とはそのゾーンデータにおいてどのポジションがどれだけの割合でアウトを奪っているかを示したものである。
F3のゾーンに飛んだゴロのミドル級の打球の9割は三塁手、1割は遊撃手が処理しているので、サードの場合は0.9が乗じられる。
以上のような計算を行うことで、守備範囲の広さによってどれだけ失点を防いだかを計算することができる。
UZRで評価される3つの能力
UZRでは「失策をしない能力」については、「失策によって出塁を許したプレー」と「送球ミスなどで一つ以上よけいに進塁を許したプレー」とに分けて計算しているが、とくに「失策によって出塁を許したプレー」についての評価は、以下のように求められる。
内野手の「併殺奪取能力」は、併殺の取れるアウトカウントや塁状況でゴロが飛んだ場合、平均に比べてどの程度併殺が取れているかを計算する。もちろん打球の質によって取りやすさ、取りにくさがあるので、それらも加味して計算を行う。
外野手の「肩の力」は、走者を次の塁に進ませない「抑止力」と、走者をアウトにした「補殺」の貢献度を、得点価値をもとに得点化している。
UZRでは、各ポジションにおける平均的な選手の評価を0としている。年度による差やポジションごとの差は生じるが、大まかな評価基準としては次のようなものである。
球界いちの守備の名手はこの人!
ここまでUZRの成り立ちや、これまでの守備指標よりいかに優れているかを述べてきた。しかし、UZRにも弱点はある。
まず、算出者の計算コンセプトの違いによっては、同じ選手であってもUZRに大きな差が出ることだ。たとえば、日本においてはデータスタジアム社はそれぞれのリーグの平均を0と設定しているのに対し、Japan Baseball Data株式会社では12球団の平均が0となるように設定している。また、UZRを算出する過程で用いられる打球データやゾーンデータは各社が独自で取得したものであるため、それによっても相違が生じることになる。
とはいえ、この2社が算出した、2021年NPB遊撃手のUZRランキングを見ると、セ・リーグ、パ・リーグともに、ベスト3の顔ぶれは変わらない。
セ・リーグはデータスタジアム社が(1)坂本勇人(ジャイアンツ)(2)西浦直亨(スワローズ)、(3)京田陽太(ドラゴンズ)で、Japan Baseball Data株式会社が(1)京田、(2)坂本、(3)西浦。
パ・リーグは2社ともに、(1)源田壮亮(ライオンズ)、(2)今宮健太(ホークス)、(3)藤岡裕太(マリーンズ)である。
とくに源田は、ほかの選手のUZRの数値がいずれも1ケタであるなかで、20点を超えるというぶっちぎりの数値をたたき出しており、他の追随を許さない存在となっている。
なお、源田は2017年のデビュー以来、リーグ1位の座をキープしている。
それから、UZR算出に用いるデータでは、選手のポジショニングや、グラウンドの形状(人工芝か天然芝かを含む)、守備プレーに至るまでの過程などが考慮に入っていない。UZRは現時点では「守備の巧拙」を測る指標というよりは「守備プレーの結果、どれだけの失点を防ぐことができたか」を評価する指標であることを念頭において見る必要がある。
(※引用元 現代ビジネス)