広島の“新しい外野手”がチーム内競争を刺激している。巨人から丸佳浩の人的補償により新加入した長野久義だけではない。昨年まで三塁を主戦場とし、今季も内野手登録の西川龍馬もまた、広島に加わった“新しい外野手”と言っていいだろう。
西川は敦賀気比高校を卒業後、「(大学へ行くと)甘えてしまうと思った。自分で稼ぎながら野球をやろうと。1年でも早くプロに行きたいという思いが強かった」と、社会人野球の王子製紙に進んだ。
そしてドラフト解禁となった2015年に広島から5位指名を受けてプロ入り。1年目から一軍で結果を残し、昨年は安部友裕の不振もあり、三塁の一番手として自己最多の107試合に出場した。打率は3割をクリア(.309)。入団1年目から毎年出場試合数を伸ばし、安打数だけでなく、二塁打、三塁打、本塁打……すべての数字を年々上げている。
また昨年は代打でも打率.341、2本塁打、13打点をマークし、強力広島打線のなかでも貴重な存在となっていった。「試合に出れば打つ」をバットで証明してきた。
だが、数字からは順調のように見える歩みは、本人としては決して満足できるものではない。
天才と称される打撃を繊細な感覚で追求し続けている。社会人時代に出会った日本ハムの中田翔モデルのバット(長さ85~85.5センチ、重さ905グラム)をプロに入っても使い続けている。長さ、重さが異なるほかの選手のバットを振ることを嫌い、「握った時の感覚がおかしくなるのが嫌」と、握ることさえもしない。もちろんマスコットバットも使用しない。
ベンチスタートの試合では、投手の代わりにネクストバッターズサークルに立つことがあるが、マスコットバットやロングバットを手にしても「なるべく片手で持つようにしている」という徹底ぶりだ。
2017年には、侍ジャパン・稲葉篤紀監督の初陣となったアジアプロ野球チャンピオンシップで打率.636で首位打者に輝き、ベストナインにも選出されるなど、大舞台での強さも示した。
誰もが認める打力を持ちながらもレギュラーの座をつかみきれなかったのは、ライバルの存在もあるが、西川自身、殻を破れなかった印象がある。とくに昨シーズンは、守備面の不安が足を引っ張った。
社会人時代まで本職としていたショートには田中広輔という絶対的な主力がいるため、昨年までは三塁を主戦場としてきた。だが送球難を露呈し、シーズン終盤は控えに回る機会が増えた。ポストシーズンの9試合(CS3試合、日本シリーズ6試合)でスタメン出場は一塁での1試合のみ。三塁での出場はなかった。
そしてシーズン終了後、首脳陣は送球難の影響が持ち味であるバッティングに影響することを不安視して、昨年の秋季キャンプから“外野挑戦”を指示した。
野間峻祥(のま・たかよし)の1強と見られていたセンター争いの対抗馬に浮上。巨人から加入した長野をはじめ、一塁と兼務する松山竜平やサビエル・バティスタなど打力を持ち味とする選手が揃うレフト争いにも加わる。
当初は外野に専念する方針だったが、キャンプ2日目に自ら内野でのノックを直訴。プロ入りまで遊撃手としてやってきた自負がある。ただそれ以上に、バットで勝負する自信がある。
右足から軸足となる左足に体重移動してトップをつくり、リズムよく再び右足にぶつけるようにしてインパクトへともっていく。 下半身始動の重要性は、オフに日本ハムの近藤健介らとの自主トレで再認識した。それにより、バットをムチのようにしならせる天性の打撃に磨きがかかった。
東出輝裕打撃コーチも「左では松山と西川の技術は抜けている」と認める。他球団のキャンプで行なわれた練習試合前の打撃練習では、相手球団の打撃コーチが西川のバッティングを食い入るように見つめ、練習後に打撃論を聞く姿があった。当コーチがそのような行動に出たのは、西川と鈴木誠也の2人だけだった。
昨シーズンまで代打の一番手だった新井貴浩が抜けたことで、実績のある西川を切り札的存在として期待する側面もあるだろう。だが西川は「どこでもいいから(スタメンで)試合に出たい。最低でも規定(打席)には数字を乗せたい」と、チーム内での“貴重な存在”から“絶対的な存在”になると誓う。
「主力として(試合に)出ることで責任が伴う。西川に責任感が出てくれば、言葉や行動が変わってくるはず。そうなった西川を見てみたい」
チーム内でこういった声を耳にする。負けても、打てなくても、西川は悔しさを前面に出さない。厳しい表情はあまり見せず、人前では常に明るく振る舞う。強さのようでもあり、弱さを隠そうとする強がりにも見える。だが主力となれば、言動に責任が生まれる。周囲もまた、西川が選手として次のステージに上がることを期待している。
今年も試合に出れば打つ――西川は黙って、その答えをバットで出していく。(前原淳)
(※引用元 web Sportiva)