《今シーズン、セ・リーグを制した広島、パ・リーグを制したソフトバンクの強さは、他のチームと比べて頭ひとつ抜け出している印象を受けるほど圧倒的なものだった。しかし、だからといってクライマックスシリーズ(CS)を絶対に勝ち抜けるとは限らない。1勝のアドバンテージがあるとはいえ、何が起こるのかわからないのがCSの面白さであり、怖さでもある。優勝チームだからこそ味わう調整の難しさと心理的不安……これをどのように克服していけばいいのだろうか。近鉄、ヤクルトなどでコーチを務め、短期決戦の怖さを知る伊勢孝夫氏に解説してもらった。》
あれは今から3年前、2014年のことだ。巨人が2位の阪神に7ゲーム差をつけてリーグ優勝したにもかかわらず、CSファイナルステージで1勝のアドバンテージがありながら阪神に4連敗を喫し敗退した。
言うまでもなく、優勝チームに与えられる1勝のアドバンテージは大きい。さらに先発投手のローテーションも、CSファーストステージを勝ち上がってきたチームと比べれば余裕がある。優勝チームが圧倒的有利なことは間違いない。それでも、前述した巨人のように、シーズン中とはまるで別人のチームになってしまうこともあるのが、短期決戦の怖さだ。
もちろん、その最大の理由は、公式戦が終了し、CSファイナルステージまで時間が空くことだ。チームによっては実戦感覚を鈍らせないため、宮崎で行なわれているフェニックスリーグに参加したり、社会人のチームと練習試合をしたり、それぞれ対策を立てているようだが、これをやればいいという答えがないのも事実である。
これまで私もコーチとしてCSや日本シリーズを経験してきたが、試合が始まるまでの調整は本当に難しい。
まず厄介なのが、選手の気の緩みだ。今でも忘れられない苦い思い出がある。2001年に近鉄(現・オリックス)が12年ぶりにリーグ制覇を達成したときだ。リーグ優勝が決まり、約1カ月後に日本シリーズが始まるだが、選手たちは戦う前から集中力に欠けていた。久しぶりの優勝ということもあったのだろう、リーグ制覇した時点で選手たちは満足してしまっていたように思う。選手たちの緊張感や集中力は、いくら首脳陣が言ったところでどうすることもできない。気持ちのコントロールは選手に任せるしかない。
試合が近づけば、スコアラーからのデータも集まり、ミーティングが始まる。2001年の日本シリーズの相手はヤクルトで、我々はキャッチャーである古田敦也のリードをかなり警戒していた。当然、かなりのデータも収集していたし、選手たちにも「勉強を始めておけ」とかなり早い段階から言っていた。しかし、ノリ(中村紀洋)だったか「伊勢さん、戦う相手は古田じゃなくて投手ですよ」と言って、あまり身を入れてデータを見直さない選手もいた。「これでは勝てん」と思ったが、案の定、敵地で3連敗するなど1勝4敗であっさりと敗れた。
《そうした気の緩みとは別に、打者の場合、試合が遠ざかることで感覚が鈍り、調子を取り戻せない選手も多いと聞く。前述した巨人などは、まさに打者の感覚が戻りきらず敗退した例といえる。その感覚とは、そもそもいかなるものなのか。そしてその対策はないのだろうか。》
試合が遠ざかったときに言われる“感覚“というのは、投球への反応といったものではなく、いわゆる“試合勘“を意味している。言葉で表現するのはすごく難しいのだが、我々経験者の言い方を許してもらえれば「試合に入れる、入れない」というやつだ。
具体的にいえば、イニング、展開、流れ……そうした要素を頭のなかで感覚的に理解、判断し、次のプレーを予測したり、ベンチからの指示も事前に読めたりすることだ。
たとえば、序盤に1点を先制されたとする。その1点がどのような意味を持つのかということだ。すぐに返せる1点なのか、それとも重くのしかかる1点なのか。ベンチはどんな采配で同点、もしくは逆転を狙ってくるのかを読み、それに対応してプレーができるのかどうか。それができているときは「試合に入れている」わけだが、ピンときていないときは「試合に入れていない」となるわけだ。
選手自身、「今日はなかなか試合に入れなかった」と振り返ることがあるが、こうした感覚は連日試合が続いているからこそ維持できるもので、遠ざかってしまうと薄れてしまう。個人差はあるが、3、4試合空いただけで感覚が鈍る選手もいる。ましてCSや日本シリーズはレギュラーシーズンと雰囲気がまったく違う。そうしたなかで感覚を取り戻すのは容易なことではないのだ。
もちろん、バッティングの感覚、いわゆる“打撃勘“というのも試合が空けば空くほど鈍ってくる。これの克服も非常に難しい問題だが、私は「原点に帰ることもひとつかな」と思っている。
打者でいう原点回帰とは、ティーバッティングだ。試合前にボールをトスしてもらってネットに向かって打っている光景を見たことがあるファンもいるだろう。あれは、ただタイミングを取るだけの練習ではなく、ましてやフリー打撃の順番待ちの時間つぶしでもない。
ティーバッティングというのは、自分の打撃フォームが狂っていないか、チェックするのに最も効果的な練習法である。自分本来のタイミング、ポイントでボールを捉えているか。軸足にしっかり体重を乗せているか。体の開きは早くないか。下半身がしっかり使えているかなど、そうしたチェックにうってつけの練習法といえる。
また、ボールをトスしてもらうときも、ただ漠然とストライクゾーンに投げてもらっているわけではない。最低でも、内角高め、内角低め、外角高め、外角低めの4カ所を投げ分けている。そこで自分のバッティングを再確認するわけだが、少しでも調子が悪くなったり、タイミングが取りづらいなと思ったらティーバッティングをすればいいと思う。派手な練習ではないが、実に理にかなった練習法である。
少し話が逸れるが、ヤクルトの(山田)哲人は10種類以上のティーバッティングをしてチェックしているという。それだけ自分のフォームの細微な狂いに敏感になるのは悪いことではない。哲人の場合、WBCではそれができなかったらしい。
練習環境の違いはもちろんだが、普段は杉村(繁)コーチが付きっきりで相手をしてくれており、それと同じボールを投げられる人が代表にはいなかった。WBCで哲人が自分のバッティングができなかった理由のひとつに、ティーバッティングもあったと思う。
それほど大事な練習方法だが、すべての選手がそのことを自覚しているわけではない。なかには、フリーバッティングまでの時間つぶしの選手もいる。言い換えれば、そうした練習ひとつとっても選手の意識次第で効果はまるで違うのだ。もちろん、それだけで“打撃勘“を取り戻せるわけでないが、意識の差は大きい。
ところで、ソフトバンクの柳田悠岐は間に合うのだろうか。彼が負傷した右脇腹だが、あそこは好調な選手ほどケガをしやすい箇所なのだ。調子がよく、体が回りすぎてしまうため痛めてしまう。ボクシングでもすごいパンチを持ったボクサーが拳を痛めることがあるが、打者がスイングによって脇腹を痛めるのは、それだけ体が追いつかないスイングをした証拠である。
それほどの選手だけに、欠場となると本当に残念なことだ。柳田こそ、このブランクを逆手にとって試合に間に合わせたいと思っているだろうな。(木村公一●文 小池義弘●写真)
(※引用元 web Sportiva)