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達川光男、絶妙なコミカルさでトリックプレー/1980年代の名選手

2019年4月1日

達川光男、絶妙なコミカルさでトリックプレー/1980年代の名選手

『珍プレー好プレー』のお約束のシーン

きょう4月1日は1年で唯一、嘘をついていい日なのだそう。いわゆるエイプリルフールだ。最近は詐欺だとかフェイクニュースだとか笑えない嘘も多いが、わざわざエイプリルフールにつく嘘は、いかに笑って済まされるか、という嘘の品格のようなものが試されている気がする。

1980年代、広島黄金時代の司令塔を担った達川光男は、その最上級者ではないだろうか。勝つか負けるか、というプロ野球の世界では、相手を欺くことはエイプリルフールに限定されるものではない(そもそも80年代は、4月1日に一軍の公式戦が開催されたのは84年のパ・リーグしかない)。そんなプレーは“トリックプレー”と呼ばれ、それを絶妙なコミカルさでやってのける天才だった。

コンタクトレンズを落とした、と試合が中断することもしばしば。もちろん、その真偽のほどは定かではない。内角球の“当たったフリ”は、まさに見せ場だ。ボールを避けて倒れた瞬間に爪を立てて腕をつねって傷を作って審判にアピールするのだというが、この“ひと悶着”に球場はザワザワ、観客はニヤニヤ。もちろん、テレビの『珍プレー好プレー』の(珍プレーのほうの)お約束のシーンでもあった。

ただ、一度だけ逆もあって、左足の爪先に死球を受けたのに、球が逸れた間に三走が生還したことで、痛いのに我慢して“当たっていないフリ”をしたこともある。このときはオオカミ少年に天罰が下ったかのように球審が嘘を見破り、三走は戻されて、自らは(まるで凡退したかのように)一塁へ歩いていった。

いわゆる“ささやき戦術”だけでなく、ミットで地面を叩いて低めを要求しているように思わせて実は高め、打者の近くでさかんに咳払いをして内角を要求しているように思わせて実は外角……。捕手としても容赦がなかった。

ドラフト4位で78年に広島へ。ドラフト当日は自分には指名がないと思って途中からパチンコ屋にいたというが、春のキャンプで広島商高の先輩でもある三村敏之にバットスイングをさせられ、「一生かかってもホームランは打てんじゃろう」と言われてショックを受ける。だが、「とにかくチームバッティングを体に叩き込め。それしか生きる道がないぞ」とも言われ、肚をくくった。

しばらくは水沼四郎、道原裕幸に続く第3捕手。古葉竹識監督からは「(江夏)豊の球をノーサインで捕れるようになったら使ってやる」、江夏からは「下手すぎる。10万球、受けたら組んでやる」と言われ、ブルペンや打撃練習で必死に球数をこなして、なんとか江夏が練習で投げてくれるようになった。5年目の82年に水沼との併用となり、翌83年に正捕手となる。その後、ベストナイン、ダイヤモンド・グラブ(ゴールデン・グラブ)のダブル受賞は84年、86年、88年の3度を数えた。

言葉より雄弁な返球でのコミュニケーションも

言葉でのコミュニケーションは、しばしばキャッチボールにたとえられるが、“炎のストッパー”津田恒実には全力で返球して、ますます燃えさせた。津田が取り損なって鼻血を出したこともあったが、津田も鼻血を流しながら後続を抑えている。投手に対する返球は言葉よりも雄弁だった。

一方で、球審に(トリックではない)クレームをつけるときには、気を遣って観客に分からないよう背中を向けたまま抗議するという面も。そして92年の本拠地最終戦となった10月4日の巨人戦(広島市民)で、当日の14時50分ころに突然、引退を発表。

「早めに言うと説得されたりして心が揺れ動く」

と、親しい選手や知人にも秘密にしていたという。挨拶も爆笑に次ぐ爆笑で、

「一世一代の冗談を言おうと思った」

というが、代打に立った最後の打席では、涙を拭きながら捕手の村田真一に、こう語っている。

「ワシはボールが見えんのじゃ。どうして打ったらええんじゃ?」

老練なイメージとは裏腹にナイーブな男でもあった。誰よりもナイーブだからこそ、投手の気持ちにも、球審の立場にも気を配ることができたのだろう。そして、だからこそ、相手を欺く嘘もコミカルなトリックプレーに映ったように思える。無骨な印象の選手が多かった黄金時代の広島に、独特な味わいを添えた存在だった。(写真=BBM)

(※引用元 週刊ベースボール

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