あらゆる人を育てる場所である。あの黒田博樹投手も、新井貴浩選手も、このグラウンドでユニフォームを真っ黒にして、球界を代表する選手に成長を遂げていった。
広島地区でレギュラー番組6本を抱える人気芸人になったボールボーイ佐竹も、その一人である。「カープ芸人も育成される場です。トークライブを由宇練習場の話題だけでやり切ったことがあるくらいです。グラウンドに向かう道中までもがコンテンツ(ネタ)になる練習場です。由宇に行かずして、カープ芸人は語れません」。
実際、ボールボーイ佐竹も、芸人仲間と車を乗り合わせ、由宇練習場には足しげく通ってきた。「はい。高速道路の料金を抑えるため、ギリギリまで国道を走って、必要最小限だけの高速道を利用とか。休憩を含めての1時間半には、いろんな思い出があります」。
由宇練習場には物語が詰まっている
さて、本題の野球である。由宇練習場は山口県岩国市に位置する。広島市内から車で約1時間半近くの距離である。JR山陽本線・由宇駅からも、車で15分。由宇の緑を抜け、山を登った先に切り拓かれたのが、カープ2軍の本拠地だ。
両翼100メートル、センター122メートル。周囲は緑に囲まれ、日差しを遮るものは、何もない。しかも、改修前までは本塁からバックネットまでが25メートルあったというのだから、そのスケール感には驚きである。今でも、そのファウルグラウンドはマツダスタジアムや甲子園球場以上の広さを誇る。
この練習場の強みを知り尽くすのが、高信二2軍監督である。「広い球場ですから、しっかりとバットを振らないとスタンドインはできません。みんながホームランを狙うわけではありませんが、しっかりスイングする意識は大事です」。
広いグランドは、選手のスケールを大きくし、同時に基本の大事さも教えてくれる。「広いグラウンドで遠投をすることで、体を大きく使うことができる。それにファウルグラウンドが広いので、カバーリングの重要性も確認できます」(菊地原毅2軍投手コーチ)。
コロナ禍だ。由宇練習場は無観客での試合開催が続いている。観客席に椅子こそないが、例年だと、由宇に通いなれたファンは、マイチェアやマイテントを持ち込み、鮮やかな芝の上から若ゴイに熱視線を送る。
今、この観客スペースの外周を、選手たちはランニングに活用することがある。600メートル程度の不整地は、選手の土台を培う格好のランニングコースである。
走り込み。しかし、これは根性論ではない。現役時代から理論派として知られてきた東出輝裕2軍打撃コーチは、理路整然と意義を説明してくれる。「野球は小さなボールを扱うスポーツです。そうすると、どうしても体の使い方が小さくなってしまいがちです。そこで、走ることで体を大きく使うことが大事になってきます。タイムも計測していますが、選手の状態や気持ちによって、1周で20秒前後変わってきますから、ひとつの目安にもなります。それにしても、新井さんであり、石井(琢朗)さんであり、長く野球ができる人は、やはりよく走っているものです」。
体の使い方をリセットし、持久力をつけ、タイムによって状態も把握できる。おまけに、「周囲が緑なので、僕も選手の頃、ヒーリング効果を感じたものです」(東出コーチ)というくらいなのだから、外周ランニングの有効性は、極めて高いようである。
「ゴロ捕球の姿勢で外周を走ったことがあります」
「四股を踏むようにして、ゴロ捕球の姿勢で外周を走ったことがあります。もう半周もいかないうちに、膝が辛くなり、もう夢に出るかと思いました」というのは、3年目のシーズンに飛躍を誓う羽月隆太郎選手である。ドラフト7位入団、身長167センチと小柄ながら、ユニフォームを真っ黒にして大声を出すプレースタイルは、まさにカープというガッツマンである。由宇の外周の常連ともいえる羽月も、その鍛錬の甲斐もあって、昨シーズン、1軍デビューを果たしている。
人を育てる場なのである。芸歴15年のボールボーイ佐竹は、こんな光景も目にしている。「ライトスタンドの部分で、少年たちがキャッチボールをしているのを見たことがあります。グラウンドでは若ゴイが試合に臨み、その向こうで、さらに将来の若ゴイがキャッチボールをしているのです。まさに、育成ですよね」。
さらには、選手のホームランボールをノーバウンドでキャッチするために、打球傾向を頭に入れ、捕球に向き合う「ホームランおじさん」なる名物ファンも、己の技術を磨いてきた。
無観客試合の今、そういった姿は見られないが、由宇練習場には物語が詰まっているのである。
で、ハードなランニングは羽月選手の夢に出てきたのだろうか?
「いえ、そう思ったのですが、あまりに疲れたのだと思います。その夜は、良く眠れました」
開幕ダッシュに成功したカープだが、シーズンは長い。当然、苦しい時期もやってくるだろう。ただ、そんなとき。この由宇練習場で鍛え抜かれた若者が、チームを救うに違いない。そして、またいつか、カープ芸人も、ホームランおじさんも、この緑と太陽の下、成長できるに違いない。
(※引用元 文春オンライン)