強肩・堅守のパンチパーマ。そこに新たなトレードマーク「髭」が加わった。3年目を迎える広島・矢野雅哉だ。DeNAの四番・牧秀悟、防御率リーグ2位の阪神・村上頌樹らと同じ東都大学リーグ出身で同学年の24歳。
チームメイトからの助言で口髭を生やし始めたというが、令和という時代にこの風貌はインパクト大。中継画面に映るたびについつい目が行ってしまう。「意外と評判いいので、しばらく継続するつもりです」。
1年目から明るいキャラクターを生かし、“目立ってなんぼ”のスタイルでやってきたが、交流戦で初めて矢野のことを知った相手チームのファンにも強い印象を残せているのではないだろうか。
矢野の守備には人を惹きつける力がある
もちろん目立っているのは見た目だけではない。持ち味の守備で度々球場を沸かせている。
6月7日の日本ハム戦、1―0で迎えた9回裏、2死一、三塁の場面。ショートへのボテボテのゴロを矢野がダッシュで前進して捕球すると、すぐさま右手にボールを持ち替え、そのまま前に倒れ込みながらスロー。一塁を守っていた韮澤雄也の華麗なバウンド捕球もあり、あわや土壇場で同点に追いつかれそうになったところを、間一髪でアウトに。守備でチームを救った形となった。
このプレー以外でも、今季は数多く守備で好プレーを見せている。しかし、矢野は見た目に反してとても謙虚だ。
「自分なんかは、まだまだだと思っています。いい感じにダブルプレーを取ったときも、セカンドの菊さん(菊池涼介)が何もなかったかのようにカバーしてくれているだけで、送球が逸れたりだとか、細かいミスはしています。確実性をもっと上げていかないといけません」
ショートのレギュラーを掴み取ることを目標にしている中、今は先輩の田中広輔や上本崇司との併用が続いている。もちろん彼らも素晴らしいプレーヤーだが、矢野の守備には人を惹きつける力があるように思える。
「今の自分は若い頃の菊さんに近いから…」
守備でお金が稼げる選手――。矢野が共に自主トレを行う師匠でもあり、元祖「髭&パンチパーマ」の菊池涼介に対してよく使われる言葉だ。「菊さんの後を継いでいかないといけない」と後継者候補に名乗り出るだけあって、最近は矢野のプレーにもそういった魅力を感じる。
「阿吽の呼吸ってあるじゃないですか。堅実にアウト一つだけにしておくべきか、ちょっと無理して二つ狙うべきか、ギリギリのタイミングのときに、菊さんとピッタリ息が合ってダブルプレーを取れたりするんです。
自分で言うのもあれなんですけど、菊さんの昔の話なんかを聞いていると、元々が似たようなタイプの守備をする選手なのかなと。今の自分は若い頃の菊さんに近いから、息は合っているというよりも、まだ合わせてもらっているっていう感じなんです。なので、自分が助けてもらってばかりじゃなくて、助けられるようになったら、もっと菊さんもやりやすくなるはずだなと思っています」
プレースタイルの近い目標となる選手がそばにいることで、日々の成長に繋がっている。本当に息が合うようになったときには、この二人の二遊間コンビは12球団一の安定感を誇るのではないだろうか。
「自分は菊さんの何十倍、何百倍もやらないといけない」
菊池から学ぶのはグラウンドの上だけではない。一緒に食事をしたときに聞いた話に衝撃を受けたという。
「キャンプで自分たち若手が特守を受けているときに、菊さんもよく一緒に混ざってくれていたんです。でも、あれは教える役割もあるけど、それだけじゃなかったらしくて。菊さんは若い頃にこれでもかっていうほどノックを受けていたけど、今はその時ほど量をこなせなくて、やれることが限られる。でも、練習をやらないと不安になるらしいんです。それを聞いて、このレベルの選手でも不安になることがあるんだなって思って、それなら自分は菊さんの何十倍、何百倍もやらないといけないっていう考え方になれたんです。自分が思っている以上にまだまだなんだって気付かされました」
9歳上の菊池は、チーム内ではベテランの部類に入ってくる。しかし、そんなベテランでも不安になるときはある。10年連続ゴールデン・グラブ賞も努力の上に成り立っているのだ。その後を追えるように、より練習に励まないといけないと痛感した。
そして、やはりこうなってくると見てみたいのは、二遊間で師弟コンビでのゴールデン・グラブ賞。
「そうなれたら理想ですよね。菊さんとのお立ち台もそうですし、自分がゴールデン・グラブを獲っただけで恩返しですから。野球で活躍して恩返しするしかないんです。ただ、今はレギュラーを掴むことからです」
初めて経験する応援歌、声援
話は変わるが、2020年に入団した矢野はコロナ禍の影響を受けた選手だ。亜細亜大学時代も主将を務めていたタイミングで、東都大学野球春季リーグ戦が中止となった。チームとしてリーグ戦を優勝して、大学日本一になるという一つの目標を失い、どうやって士気を上げられるか、悩み考える日々を過ごしてきた。
プロ入り後も球場の応援は制限付き。プロ初安打もプロ初本塁打も太鼓と手拍子の中だった。しかし今年、ようやく声出し応援が解禁された。初めての応援歌。初めての「矢野」コール。それらは胸に来るものがあった。
「めちゃくちゃ良かったです。表現が難しいんですけど、これまでは投手とただ一対一で対戦しているような感覚でした。応援歌や声援があると、改めてファンの方に見守られているんだなって感じられて、後押しされています」
9日現在、打率.175と打撃はまだまだ課題を抱えているが、そのぶん出塁率.267と塁に出てしっかりとチャンスを作っている。「打席で粘っているときに、歓声が沸いているのを聞くと、『もっともっと』と自分の気持ちも高まります」。持ち味の粘り強い打撃にもファンからの声援が影響しているという。
そして、塁に出たからには足で得点に繋げようという意気込みも伝わってくる。8日の試合では、5回に無死満塁、一打勝ち越しの大チャンスで打席に回ってきて、粘りはしたものの結果はセカンドゴロに倒れた。しかしその後、野間峻祥のライト前への当たりで、相手の守備の綻びを見逃さず一塁から一気にホームイン。打撃で貢献できていないぶん、なんとかしてチームに貢献しようという必死さが溢れる走塁だった。
守備はすでにレギュラークラス。ファンを思い、ファンから愛されるキャラクター。あとは伸びしろたっぷりの打撃で活躍して、師匠・菊池との二遊間コンビを定着させることができるか。そして、その先で「恩返し」を見られる日が待ち遠しい。
(※引用元 文春オンライン)