広島の一軍が宮崎・日南キャンプを打ち上げて沖縄に移動する日、一軍が使っていた天福球場に二軍の若い選手たちが移動してきた。なかには、調整中の今村猛や永川勝浩のような実績のある選手もいるが、ほとんどが10代~20代前半の”ヤング・カープ”たちだ。
やがてバッティング練習が始まると、そのなかに”丸”を見つけた。両足に根が生えたようなどっしりとした構え。下半身がまったくぶれない安定したスイング軌道。タイミングが合った時のグングン伸びていく弾道。グラウンドレベルで見ていると、まるで”丸佳浩”がまだチームに残っているような錯覚を覚える。
その選手が、昨年のドラフトで広島から3位指名を受けて智弁和歌山から入団した林晃汰(182センチ、90キロ/右投左打/内野手)だ。左打ちの長距離砲として、丸はもちろん、松山竜平、岩本貴裕の後釜に……と大きな期待を担って入団してきた。
グリップを頭上に掲げる迫力のある構えから、バットのヘッドをグラグラと動かして、少々粗っぽくても当たればスタンドインというスイングスピードに、対戦した多くの高校生投手が圧倒されてきた。そんな林の打撃フォームが変わっていた。
フォームに不自然なところがなく、バットはサッと出しやすそうな位置に構え、バットをグラグラさせることもなく、インパクトの精度を上げている。高校時代のような”むちゃ振り”をしなくても、同じような飛距離を出せて、同じような速さの打球が飛んでいく。
「合同自主トレが始まるまで、中谷仁さん(元プロ野球選手で、現在は智弁和歌山の監督)が林にプロに入るための心構えなど、ずいぶんと話してくれたらしいんです。ありがたいことです」
そう語るのは、林を強く推薦し、指名にこぎつけた鞘師智也(さやし・ともや)スカウトだ。
「1月の新人合同自主トレの時も、夕食を食べてからひとりで室内(練習場)に行ってバッティング練習をやっていましたからね。あんなにひたむきな一面があったのかと……新しい発見でしたね」
次々にスピンのかかった弾道で外野の深いところまで飛んでいく林の打球を眺めながら、昨日まで同じ場所から同じような当たりを連発していた同じくルーキーの小園海斗のことを思い出していた。
「高校生ルーキーで、あれだけインコースを怖がらずにスイングできるヤツって、これまでいましたかねぇ……」
キャンプ地を回っているある評論家が、そういう言い方で小園の能力の高さに驚いていた。たいていの高卒ルーキーは、プロに入って”木製バット”の難しさに直面するという。
「夏の大会が終わってから、ずっと木製バットで練習していました」
そう言って胸を張るルーキーたちも、いざプロのバッティング練習のゲージに入ると、それまで経験したことのない緊張感に、一種の”金縛り状態”になってしまい、自分のバッティングができないというたぐいの話は何度も聞いた。
だが、小園はそんなプレッシャーをものともせず、しかもインコースをフルスイング。たしかに、小園の打球は”活き”が違った。内角を振り抜いた強烈なライナーがライトポール際を襲う。詰まることを恐れずにこれだけ振れる選手は、そうそういるものではない。
やがて雨になり、練習が屋外から室内に変わると、「オヤッ」という場面に遭遇した。少し前までバッティング練習で快音を響かせていた背番号51の小園が、コーチが手で転がすボールを1球1球、低い捕球姿勢をとり、丁寧にグラブのポケットに当てて、ボールを右手に持ち替え、ステップを踏んでネットスローを繰り返していた。
広島のすごいところは、こういうところだ。
必要とあれば、注目のドラフト1位だろうが、きっちり”基本の基本”に戻して、そこから出直しさせる。結局は、それが一番の近道であることを、チーム全体が共有している。だから小園も「ノックじゃないのか……」と不満を感じることもなく、とてもいい顔で地道な練習を繰り返していた。
そういえば、昨年の広島キャンプは”中村奨成”の話題で持ち切りだった。
そして2年目の今年、その中村はリハビリの真っ最中だという。キャンプスタート早々、右第一肋骨を疲労骨折し、治療とリハビリの日々を送っている。
昨年、中村はファームで83試合に出場し、打率2割1厘、4本塁打の成績だった。数字としては物足りないが、ステップとしてみれば、そんなに心配することはないと思うのだが、チーム内の中村を見つめる視線がなかなか厳しい。
「うちは練習が厳しいことで有名かもしれませんけど、それは自分から練習するっていう意味ですから。『やれっ!』と言われて伸びた選手なんて、ひとりもいないんじゃないですか。そういう意味で、中村はまだ姿勢が甘いと言われても仕方ありません。高校まで競争してポジションを奪ったことがないと思うのですが、もう環境は変わっています。もっと実感して、気づいていかないと……」(広島球団スタッフ)
野球の天才たちが集う”プロ野球”という世界。しかし、一軍の華やかな舞台で活躍できる選手は、ほんのひと握りに過ぎない。かつてイチローはこんな言葉を残している。
「努力せずに何かできるようになる人のことを天才と言うなら、僕はそうじゃない。努力した結果、何かができるようになる人のことを天才と言うのなら、僕はそうだと思う。人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです」
プロ野球という世界は、努力の天才たちだけが躍動できる空間なのかもしれない。広島のキャンプを見て、あらためてそんなことを考えさせられた。(安倍昌彦)
(※引用元 web Sportiva)