クリス・ジョンソン(広島)はうれしそうな表情を浮かべ、昨シーズン達成したある快挙のことを思い出した。2019年9月3日、神宮球場でのヤクルト戦でジョンソンは8回を投げ2安打無失点の好投で、2年連続4度目の2ケタ勝利を達成した。
その試合のことについて聞くと、ジョンソンは自身の快投よりも、女房役である石原慶幸が1年ぶりとなる本塁打で援護してくれたことについて話し始めた。
「”イシ(石原)”がホームランを打ったら最高に気持ちいい。彼は8番で私は9番だからネクストバッターズサークルで楽しめました。いいエネルギーをもらってマウンドに戻ることができました」
ジョンソンにとって石原は特別なチームメイトである。来日6年目のジョンソンは、これまで(11月6日現在)128試合に登板し、石原とバッテリーを組んだのは119試合。これだけでもふたりの信頼関係がいかに強い絆で結ばれているかがわかるが、ジョンソンは石原が理想の”女房”になるだろうと思った日のことをはっきりと覚えている。
2015年3月28日、来日初登板となった広島でのヤクルト戦。1対0とリードした7回、先頭打者の山田哲人にヒットを打たれ完全試合は逃したが、1安打無四球完封の衝撃デビューを飾った。この日からバッテリーを組んだ石原との信頼物語が始まったとジョンソンは言う。
「完璧な女房だなと思いました。日本に来たばかりで、相手バッターのことはまったくわからなかったのでイシに任せるしかありませんでした。当時からすでにベテランで、相手のクセとかよく知っていました。だから、イシが出したサインどおりに投げました。すべてを彼に任せてあの結果でのスタートだったので、そこから信頼感が生まれました」
もちろん、一方的な関係ではない。石原もまた、お互いに認め合えるバッテリーになれたのは、あの試合が大きかったと語る。
「5年前の開幕2戦目でのヤクルト戦は一番大きかったと思いますね。そこからジョンソンは僕の性格とか考えていることを知ろうとしてくれましたし、僕もジョンソンの考えていることを知りたくて、いろいろと話し合う仲になりました。お互いにリスペクトし合えているというのが一番大きかったと思います」
ジョンソンは、石原との信頼関係を「1」という数字で表現できると言う。
「1試合でイシが出すサインに首を振るのは、多くて1回だけです。僕はイシの配球に対してものすごく信頼していますし、逆にイシは僕の投球を信頼してくれています」
首を振る回数は、互いの信頼感を図るうえでわかりやすい数字だが、それ以上にジョンソンを驚かせたことがあった。
「次の投球を考えてグラブのなかでボールの握りを調整していると、イシがその握りのサインを出すことがびっくりするほど多くあるんです。たとえば、次はカーブかなと思って握っていると、イシもカーブのサインを出している。それぐらい一致しているなら、自信を持って投げることができます」
昨シーズン、ジョンソンは27試合に登板して、そのうち石原がマスクを被ったのは26試合。出したサインに対してジョンソンに首を振られたのは10回ぐらいだったと石原は言う。
「ほかのピッチャーと比べたらすごく少ないです。首を振った時も、次の球種はだいたい一致します。ジョンソンは日本の野球をすごく勉強していて、彼自身『こうしたほうがいいんじゃないか』と思っている部分はあると思います。それをこっちが感じ取ったり、反応を見ながらサインを出すことはあります。ジョンソンがそうやって勉強しながら投げてくれるのはいいことだと思います」
そうしたふたりの信頼関係は年を重ねるごとに増し、昨シーズン起きたひとつの出来事でさらに深まった。
ジョンソンは開幕から不振に陥り、4月は5試合に先発して1勝3敗、防御率7.20。なかでも4月28日のヤクルト戦は3本の本塁打を浴びるなど4回3失点で3敗目を喫した。1試合3被弾は来日して初めての屈辱だった。
「悔しかったです」とジョンソンが胸中を明かす。
「何がおかしいのか、ビデオを見てもわかりませんでした。するとある日、イシが『頭の位置がおかしい』とヒントをくれたんです。投球する時のイメージとしては、マウンドからホームへラインがあります。そのラインの中で投げることができていればいいのですが、4月は頭がそのラインから外れていました。イシからヒントをもらって、もう一度ビデオを見直したら明らかにわかりました。そこでいろいろ微調整することができました。イシは本当に僕のことをわかってくれているなと、あらためて思いました」
そうジョンソンは感謝したが、石原にとっては当たり前のことをしたにすぎない。
「ジョンソンは開幕前にちょっとしたアクシデントがありました。なんとか開幕には間に合ったのですが、調整過程で変なクセが染みついたと思うんです。ジョンソン自身もおかしいことはわかっていたと思うんですが、なかなか戻らなかった。僕は5年も受けているので、明らかにおかしいところがあればわかります。ジョンソンはすごくコンパクトに腕が振れるピッチャーなのにそれができていなかった。ひとつのきっかけになればと思ってアドバイスしました」
ジョンソンは石原からもらったヒントできっかけを掴み、5月11日の横浜戦から4試合連続勝利を挙げるなど完全復活を遂げ、結局、11勝8敗、防御率2.59という好成績でシーズンを終えた。
最高の女房を見つけ、カープの外国人投手として自ら持つ歴代最多勝利記録を更新しているジョンソンだが、石原について唯一の不満を明かした。
「足がめちゃくちゃ遅いです。イシのあとに打席に入る私は大変です。送りバントをしても完璧にやらないとアウトになってしまう。ピアノを背負いながら走っているようで困ります。でも、キャッチングがうまいから許します(笑)」
一方の石原は、ジョンソンについて次のように不満を漏らした。
「いつも球審に『すみません』と言わないといけないんです。ジョンソンは、野球をやっていない時は優しくて真面目な性格なのですが、いざマウンドに立つと短気になるというか……球審の判定に対してすごく感情が出てしまうんです。僕が球審に謝るたびにジョンソンからお金をもらっていたら、とんでもない金額になっていたと思いますよ(笑)」
互いを知り、認め合ってきたからこそ築けた本物の信頼関係。カープ史上最高の日米バッテリーは石原の引退により幕を閉じるが、ふたりがチームに与えた功績は色褪せることはない。
(※引用元 web Sportiva)