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赤松、胃がんを語る「それでも僕が野球を続ける理由」/がんと共に…

2018年4月27日

赤松、胃がんを語る「それでも僕が野球を続ける理由」/がんと共に…

2016年末にステージ3の胃がんと診断されたプロ野球・広島カープの赤松真人選手(35)。半年間の抗がん剤治療を経てリハビリとトレーニングを重ね、3月に実戦への復帰を果たしました。前例のない「がんサバイバーの野球選手」という高いハードルに挑みながらも、「自分はラッキーだった」と前を向いてトレーニングに励みます。どうやってモチベーションを保ち続けているのか。赤松選手の思いを聞きました(前後編インタビュー。後編に続きます)。

復帰戦では、声援も聞こえないくらい緊張して足が震えた

──1年4ヵ月ぶりの実戦復帰おめでとうございます。手術後初となった3月4日の試合では、「代打・赤松」とコールされた瞬間に、相手側スタンドからも大歓声があがりました。どんなお気持ちでしたか。

赤松 正直、声援も聞こえないくらい緊張して足が震えました(笑)。やるからには結果出したいじゃないですか。でも結果を出せる自信もまだ持てないし、それより「自分のスイングちゃんとできるかな」という不安も大きくて。

──赤松選手ほどのベテランでも、久しぶりの実戦は緊張するんですね。

赤松 もともとバッティングの選手ではないので、病気になる前もそんなに打席数が多いわけではなかったんです。なのに、1年間の闘病生活を経て帰ってきたのがいきなりの代打出場だったので、余計に緊張しました。打席に入った時の感覚もだいぶ薄れていたので、早く現場感覚を取り戻したいです。

──うまく球が投げられないなど、体が思うように動かないと悩んでいたそうですが。

赤松 「緊張で体がうまく動かせない」というのもありましたが、まだ体が本調子ではないので、余計にバットが重く感じました。あと、打席に立った時に「こんなにピッチャーの球って速かったっけ」と(笑)。

──今はご自分の中で、パフォーマンスは100点中何点くらいですか。

赤松 いやあ、よくて50点くらいだと思います。マックスで。気温や天候など、その日によって体調が変わるんですよ。手術で胃を半分に切除しているせいか下痢になりやすくて、まだ腹筋に力が入りにくいですし、吸収がよくないので「食べて体をつくる」ということがなかなかできないのも悩みです。

──食べられないから、体をつくれないというのは苦しいですね。

赤松 通常、健康な人は100%の消費カロリーを全部運動で使ってしまっても、ストックがあるので動けるんですが、僕はストックがないので動けないんです。それを考えながら動かなきゃいけないのと、動けない分を食べて補強するということがまだできないのが、課題です。

どうやってモチベーションを保っているのか

――そんな状況のなか、どうやってモチベーションを保たれていますか。

赤松 やっぱり、どうしたってモチベーションは下がるんですよ。自分が思い描くプレーができないから。体がうまく動かないので、自分の持ち味である守備や走塁ですらうまくいかないこともあるんです。一時期は「野球をやめようかな」とか、「一回チームを離れようかな」と考えたこともあったんですが、チームを離れることによって、僕の姿を見てもらう機会がガクンと減ってしまいますよね。同じような境遇の人やつらい立場の人にとって、自分の存在がちょっとでも支えになればいいと思って、野球を続けているんです。そして野球が好きだから。僕は野球しかできないとも思っているので。だから「いやちょっと待てよ」と思い直して、「まあ、もう一回頑張ろう」と。それの繰り返しですね。

──がん治療を始める時に、副作用によってプロ野球選手としてどのようなハンデを負うかという点は、医師にも分からなかったのでは。

赤松 そもそも、がんに罹患して復帰したプロ野球選手ってほとんどいないんですよ。前例がないからデータがない。抗がん剤治療の時も「野球選手が抗がん剤治療をするならどうするのがベストか」を、主治医の先生が一緒になって考えてくれました。

5年生存率が高い方の治療法を選んだ

──抗がん剤治療の方法としては、錠剤などの飲み薬だけを1年間続ける方法と、飲み薬と点滴の併用による半年間の治療の2通りの選択肢があって、後者を選ばれたのですよね。

赤松 はい。主治医の先生は、野球について真剣に考えてくれて「(半年間の治療方法だと)手足にしびれが残るから、野球を続けるなら1年間の方がいいんじゃないか」と言ってくれたんですが、半年間の治療の方が他の部位への転移や再発率が低く、5年生存率が高いというデータが出ていたので、そちらを選びました。

まず「生きるか死ぬか」を考えた

──野球よりも、まずは生きることを選んだんですね。

赤松 そうですね。僕は命を選びました。野球を続ける以前に、まず「生きるか死ぬか」を考えたんです。生きていなければ野球もできませんから。それに当時僕は34歳で、健康だったとしてもあと何年現役生活を送れるかと考えたら、その後の人生の方が圧倒的に長い。だからまずは「生き続けること」を最優先に決断しました。

──手足のしびれは今も残っているんですか。これは徐々によくなる、というわけではないのでしょうか。

赤松 人によっても違うみたいです。消える人もいるみたいですけど、一生残る人もいて、僕は今のところ残っています。しびれがあっても力が落ちるわけではないので、握力はトレーニングで戻ります。でも感覚はなかなか戻りませんね。それでも自分では、「ラッキーだった」と思っているんですよ。

──どういう点が「ラッキー」だと?

赤松 まず、僕は外野手でラッキーでした。ピッチャーや内野手だったら、「感覚が鈍い」というのは致命的だと思うんです。でも僕は外野手なので、だいたいでボールを放れば内野手やキャッチャーがカバーしてくれます。それに、一昨年妻の付き添いで胃カメラ検査をしなければ、がんを見つけられなかった。たまたま胃カメラ検査をしたことで胃がんが見つかって、今こうして生きている。そのこともとてもラッキーでしたし、また仲間と一緒に野球ができることも、本当にラッキーなことだと思います。(文=相澤洋美、写真=末永裕樹/文藝春秋)

(※引用元 文春オンライン

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